第329話、VS クラーケン


 あまりに大きすぎて、全体のシルエットが見えない。


 潜水艇オーシャン・サファイア号から見たクラーケンは、まさに島の如く巨大であり、壁のようであった。


「あ、視界を変更」


 ボソッとジンが呟けば、窓からの視界が一気に真っ暗になった。途端にここが深海だと思い出すが、直後、放った魚雷が爆発し、凄まじい光を発した。


「うわ、まぶしっ!」

「魔力視点だったら、もっとひどい光だっただろうよ」


 ジンはそう言った。光が消え、再び魔力視点に戻すと、海の中が窓からも見えるようになった。


 壁のようだったクラーケンの姿はない。アクアドラゴンが声を張り上げた。


「やったか!?」

「やってない」


 ジンは、オーシャン・サファイア号を進ませる。


「急速浮上する!」

「メインタンクブロー、だな」

「残念ながら、この潜水艇にはタンクはないんだがね」


 軽口を叩きながら、潜水艇は浮かび上がっていく。船内の『重り』の重量を極力まで減らすことで、自然と海面へと浮上していく。


 潜水艇とは元来、浮かぶようにできているのだ。


「クラーケンはどこだ?」

「下だよ」


 ジンは答えた。


「触手を伸ばしてる」


 直後、ガァンと音がして、わずかな振動がオーシャン・サファイア号を襲った。


「……今のは?」

「その触手が障壁に当たった音だ。障壁にさらに魔力を集中!」


 またも振動。先ほどより強い。ソフィアが顔を上げる。


「もし障壁がなくなったら?」

「一巻の終わりだ」


 ズゥーン、ズゥーンと衝撃が連続した。クラーケンの触手攻勢が強くなっているのだろう。わわっ、とフォルスが視線を彷徨わせ、イリクは神への祈りを呟く。


 ソウヤはジンを見やる。


「これ、もつのか?」

「ドラゴン組が頑張ってくれているからな。だが、海面までもつかは微妙だ」

「マジか! 魚雷は効かなかったみたいだし、打つ手なしか?」

「さあ、さっきのは当たり所が悪かっただけかもしれない。何せ、あちらさんはとてつもなくデカいから……と、これはマズイ!」

「何だ!?」

「渦だ!」


 ジンが操縦桿を強く握り込んだ。


「触手で捕まえられないから、渦を起こして引き込むつもりなんだろう」


 ガタガタと潜水艇の揺れが大きくなった。窓から見た感じ、進んでいないように見える。むしろ――


「引っ張られてるってか!?」

「すでに力負けしている! なら、一発お見舞いしてやるしかない」


 ジンは後ろの席に振り返った。


「イリク、ソフィア。魔力板に魔力を――」

「さっきからやっております!」


 イリクが返した。


「何か、もっとうまいやり方がありますか?」

「手を置いて、魔力を注ぎ込むイメージで補強を。――ソウヤ、潜水艇を反転させる! そのタイミングで渦の中心に魚雷を発射だ」


 渦へと頭を向けるから、そのど真ん中を撃て、ということらしい。


「簡単に言ってくれる……! だが、任された!」

「ジン殿!」


 イリクの声に、老魔術師は頷いた。


「上出来だ。魚雷に魔力を装填完了。ソウヤ、船首を回す。スタンバイ……」


 オーシャン・サファイア号が右へと船首を向けた。魔力補正視界によって海面のほうが微妙に明るかったのだが、窓からの景色が海底方面――そこにうずまく巨大なタコの化け物に変わった。


「でけぇ……! なんて不気味なやつだ」


 タコはデビルフィッシュなんて呼ばれているらしいが、それにも納得の醜悪さだ。ソウヤは背筋が凍る思いだった。


 魔力を帯びているせいか、形成されつつある渦が目視できて、さらに恐怖を煽る。


「後進一杯!」


 ジンは操作して、推進用のスクリュープロペラを逆回転させた。すると船というのは後ろへと進む。


 だがクラーケンの渦が力で勝っているのか、相変わらず引き込まれている。


「じっくり狙っている余裕はないぞ」


 ジンは言った。渦の中心へ、潜水艇は一段とスピードが上がっていく。


「渦の壁に巻き込まれたら、操縦不能だ! 狙いをつけることもできなくなる!」

「ド真ん中に撃てばいいんだろ?」


 ソウヤは照準モニターの十字線を、渦の中心、クラーケンの口とおぼしきカ所に合わせた。


「いっけぇーっ!!」


 魚雷を発射。引き込まれる力も重なっているせいか、魚雷はスピードを上げる。


「ちなみに、今のが最後の魚雷だ」

「へ?」


 ジンの呟きに、思わずソウヤが振り向いた時、光が瞬いた。


 ゴウッと遠くから音が伝わり、衝撃波が前方からオーシャン・サファイア号にぶつかった。


「おおっ!?」


 潜水艇が弾き飛ばされた。ぐるぐると小舟のように揺さぶられ、操縦どころではなくなる。


 ――ジェットコースターなんてめじゃねえ!


 これは死ぬか? 一瞬、ソウヤの脳裏によぎる。無力に振り回された後、少しずつ動揺が収まってきた。あれだけ騒がしかったのが嘘のように静寂に包まれる。


「生きてる……?」


 ソフィアの声。見れば、イリクが投げ出されかけていた席に戻る。


「ジン殿、ソウヤ殿、どうなりましたか?」

「おそらく――」


 ジンが、索敵装置を軽く叩きながら言った。


「クラーケンを倒したようだ」

「本当か!?」


 アクアドラゴンが聞き返した。


「本当に、クラーケンを倒したのか?」

「ああ。……反応なし。今度は効いたようだ」


 やった――ソウヤは安堵し、とっさに拳を突き出せば、ジンがグータッチで応えた。


 ホッとした空気が操縦席を包んだ。

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