第310話、子の反応、そのころ親は……
ゴールデンウィング二世号は東へと飛ぶ。バロールの町まで、陸路でいけばかなりの日数がかかるのだが、飛空艇ならば半日もかからない。
その決して長いとはいえない時間の間、ソフィアは父イリクと顔を合わせることになる。
「いや、聞いてないわよ、わたし」
ソフィアが文句を言ってきた。
「せっかく大会でも、バレないように変装するつもりだったのにー!」
「変装って何?」
ソウヤが聞けば、ソフィアは拗ねたような顔になる。
「魔法大会よ。お父様も見てるから、わからないように顔を隠しておこうって、師匠たちと話していたの」
「何でまだ……」
堂々と魔法を使うところを見せてやればいいのに、と思う。
「その……緊張しちゃうっていうか。あの人が見てるってだけで、うまくいかなくなりそうっていうか……」
本当に子供のように拗ねるソフィアである。
「見せつけるための出場だろ?」
「だから、いい成績を収めたら、仮面とって『どうだ!』ってやるつもりだったのよ!」
いい成績を収めたら、ということは、もし駄目だったら、顔を隠したままフェードアウトするつもりだったということか。
――そりゃ失敗しても、素顔をさらさなければバレないし、恥をかかなくて済むもんな! ……なんて後ろ向きだよ。
それだけ、父親に恐れにも似た感情を持っているということか。冷遇されてきたという話だったから、ソフィアからしたら父というのは怖い存在なのだろう。
「どうせ見られるんだ。腹を括れ」
「練習させて」
「大丈夫か?」
父がそばにいるわけでもないのに、ソフィアの表情は硬い。深呼吸して落ち着けようとしている。ソウヤは、ソフィアにアイテムボックス内の練習場へ行くのを許してそれを見送った。
「……やっぱ、お父さんにいいところを見せたいって思ってるんだろうな」
練習したい、というのは、見られるという覚悟はできているのだろう。後は心の問題だ。
「さて」
ソウヤは、そのお父さん――イリクのもとへと行く。彼は、ゴールデンウィング二世号の客室にいる。
イリクは、ミストとジンから、ソフィアと、その魔法について説明を受けている。
「――なるほど、このような呪いが」
イリクの声。続いて聞こえたのはジンの声だ。
「魔力の供給は、かけられている本人の魔力を使っている。だからその本人が死ぬか、解除されるまで呪いは続く」
「一度かけてしまえば、本人が気づかない限り、ずっと効果が持続するわけですね。実に効率的だ」
「だが、それが除去するための弱点とも言える。魔力の供給の文字記号、ここを除去できれば、呪い本体も魔力が切れて解除しやすくなるわけだ」
「なんと! そのような解き方が!」
イリクの驚いた声。客室に入れば、彼は、老魔術師の話を熱心に聴き入っていた。
「このような高度な術を教えていただき、ありがとうございます。しかし、よろしかったのですか、ジン殿。この手の技は、魔術師にとっては秘術のようなもの。明かしてしまわれて」
「なに、構わない。これくらいは秘術のうちに入らない」
魔術師は秘密主義だと言うが、そんなことを微塵も感じさせないジンである。ソウヤは退屈しているミストに声をかける。
「どうだ?」
「ジンに丸投げ」
「うむ……彼は、新しい教え子を得たようだな」
「それ、冗談で済まなくなりそうだから、あまり言わないほうがいいわよ?」
ミストは苦笑する。イリクは魔法についての新たな知識を得て、目をキラキラさせている。初見、神経質そうな堅物タイプだと思っていたが、なかなかどうして。
「……魔法バカ、か」
ソフィアが言っていたのは、こういうことかとソウヤは頷いた。
「それで、ソフィアはどうしたの?」
「緊張しているから練習するってさ。アイテムボックスの中」
「ふうん、ここにいてもヒマだし、ワタシもそっちへ行く」
「どうぞ、ご自由に」
ソウヤは見送り、ジンとイリクの話を見守る。父親のこんな熱心な姿を見せられたら、ソフィアは嫉妬するだろうな、と思う。
ジンは、ソフィアが使える魔法について説明していた。
風、火、水、氷、土、雷、光、闇の八大魔法の攻撃魔法を操り、各属性の補助魔法も習得。使い魔を使った偵察に魔力の念話、最近ではゴーレムを生成ないし破壊の魔法も覚えたという。
「それは本当ですか!?」
イリクは驚愕する。
「そのような多彩な魔法をソフィアが……。それが本当ならば、我が一族でも随一の使い手ということになります」
「失礼ながら、イリク殿は?」
「風、火、土、闇、氷が得意としていますが、水、光、雷はできなくはないレベルですね。ジン殿は?」
「彼女が使えるものはひと通り。あとは回復。それ以外は秘密だね」
老魔術師は顎髭を撫でつつ微笑した。
きっと、あまり人前で言えない類いの魔法なんだろうな、とソウヤは感じた。何か凄い召喚魔法とか、テレポート的なものとか。
「そろそろ、娘さんのもとへ行こう。ミスト嬢が行ったということは、おそらく魔法のトレーニングをしているはず」
ジンが、イリクを促した。
――素晴らしい。オレもそう思っていた。
ソウヤはニヤリとした。ソフィアは、イリクの前で魔法を使うことに不安があるという。なら、彼女に気づかれないうちに、魔法を見てもらおう。名付けて、こっそり授業参観作戦。
ということで、ソウヤとジンは、イリクをアイテムボックス空間へ招待する。
「ここは魔法で形成された空間だ」
説明したのは、ソウヤでなくジンだった。アイテムボックスではなく、魔法的なものだと誤魔化しているのだ。
一部の人間には明かしても、全ての人間に明かす必要はない。ジンが気を利かせてくれたのだ。
「このような空間を形成するとは……一種の結界のようですな」
「まさに」
適当に相づちを入れるジン。やがて魔法の練習場に到着した。
「おや、これは……」
ジンは苦笑し、ソウヤは眉をひそめた。ソフィアがミストと魔法の練習――と思ったら、そこにはリアハとダルがギャラリーとしていた。
何より驚いたのは、ミストとソフィアが、灰色髪の美女――クラウドドラゴンと戦っていたのだ。
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