第299話、聖女と騎士
レーラとフォルスは、泣きじゃくるメリンダの話を聞いていた。
生きる目的を失い、することもなく怠惰に過ごす日々。十年のブランクを受け入れることができず、メリンダは苦しんでいた。
「十年の月日は、残酷ですよね」
レーラは聖女らしく、優しい調子で言った。
フォルスは、その声が好きだったから、思わず顔を近づけて、頬ずりしようとする。が、その前にレーラに頭を撫でられたので、そのまま任せてその場に寝転がる。
「……私、ソウヤ様が魔王を倒したら、想いを打ち明けるつもりでした」
ボソリとレーラは言った。ようやく泣き止んで、落ち着いてきたメリンダは突然のことにビックリしてしまった。
「え……?」
「私は、あの人のそばにいて、聖女として皆と支えてきました。あの人の頼もしい背中が前にあると、どんな魔族やモンスターが相手でも戦えた……」
「……」
「好きになっていたんです。たぶん、これが愛、なのではないでしょうか」
メリンダの困惑は加速する。いったい聖女様は何を話されているのか? ――え、これ、ひょっとして突っ込みどころ?
「でも、私が聖女である限り、結ばれることはないんです」
何故なら、聖女は処女であり、それを守り続けねばならない。そう教会は教えている。
聖女は清くなくてはいけない。いくら勇者とはいえ、男性を好きになるなど、あってはならないと世間は言うのである。
――ああっ!!!
メリンダは頭を抱えた。レーラはソウヤを愛していた。でも決して結婚もないし、レーラは想いを叶えることができない。
にもかかわらず、メリンダは自分の思い人がー、とか妹に寝とられたー、とか、子供がー、などと口にしてしまった。何たる迂闊!
「それでも、私は、聖女であることを捨ててでも、ソウヤ様に想いを伝えたかった……」
「……伝え、られては……?」
メリンダは、小さな声で言った。
聖女は世間では魔王討伐の旅で行方不明になったと言われている。このまま世間から隠れて、銀の翼商会に同行すれば、想いを遂げることもできるのではないか?
「……できませんよ」
レーラは、ふっと自嘲した。
――あぁ、何てウカツだぁ、私は。
レーラは聖女だ。いついかなる時も、自分を殺し、人のために力を使い、多くの人々を救ってきた。
聖女だから、使命を忠実に果たしている。石化からの復活から、グレースランド王国を襲った呪いを解くため、自らの危機を物ともせず力を使った。まさに聖女。人々が望み、描いた理想のとおりの女性だ。
雲隠れして、意中の男と添い遂げるなんて選ぶわけが――
「妹が……リアハが、ソウヤ様を好きになってしまったから」
「ええっー!?」
メリンダは素っ頓狂な声を上げた。
――待て待て、それはアレか? 私と同じ、好きな男を妹に寝取られた……!?
「先日、リアハが言ったんです。『好きな人ができた』って」
「!」
「私は『よかったですね』と言いました。でも相手のことを聞いたら……まさか、ソウヤ様だったなんて」
「……」
気まずい。これはどうにも気まずかった。メリンダは冷や汗を流しながら、何か救いになるものを探して、目だけを動かす。
――おい、そこのドラゴン、のん気にくつろいでいるんじゃないよ!
レーラに撫でられ、ご満悦なフォルス。
――ほんっとにお前、いいご身分だなぁ!
ドラゴンベビーを恨めしく思うメリンダだが、レーラの目は慈愛の女神のごとく優しかった。
「私も、ソウヤ様のことが好き。私は魔王が討伐された瞬間にはいなかった。……もしあの時いたなら、運命も変わっていたのかなって……思います」
あの時いたなら――メリンダにもわかる。瀕死にさえならなければ、故郷に戻り、好きだった恋人と結ばれていたに違いない。
「でも、私たち以外の世界は十年の月日が流れていた。妹もその流れの中で生きてきて、好きな殿方を見つけた。恋をしたのです」
レーラはうつむいた。
「私たちの時間は、止まったままだった。いまさら十年も時間が流れていたなんて言われても……」
聖女は込み上げてきた涙をそっと拭った。
「正直に言って、気持ちの整理がついていません。私にとっては、色々突然過ぎた」
さあ、これから、という時に「もう終わりましたよ」と言われてしまった。
準備万端と意気込んだら終了していた、なんて、この高めてきた熱量をどうすればいいのかわからない。
振り上げた拳は、落としどころを失ってしまった。拍子抜けどころではない。
――私は、彼が好きなの! 好きだった、じゃない。今も好きな気持ちがくすぶっている!
メリンダは心の中で叫んだ。
彼女も同じだ。恋人への想いを募らせ、故郷に帰ったら幸せになるんだと思っていたからこそ、魔族との辛い戦いも頑張れた。
瀕死の傷を負い、死に恐怖し、恋人に会いたいと思ったあの想い、苦しみ。しかしフタを開ければ、幸せになっていたのは自分ではなく妹で。
あんまりだった。妹にも幸せになる権利はあるし、それは恋人とて同じだ。だが自分はどうだ? メリンダは行き場のない感情を抱えたまま、気力を失った。何もかも失ってしまった。
レーラは言った。
「でも、私はこれでよかったかな、って思います」
「レーラ様……?」
「私は聖女ですから。恋などはしてはいけなかった。むしろ、諦めもついて、ちょうどよかったのかもしれません」
嘘だ。そこで笑わないで――メリンダは、レーラの横顔を見て思った。
「好きな人が幸せになるなら、それでいいんです」
――ああ、この人はまた……。
自分より他人の幸せを優先させる。メリンダは、目の前の聖女が、聖女たらんとしてる女性を思い、胸の奥が苦しくなった。
「メリンダさん」
「はい」
「あなたは、あなたの思う通りにすればいいのです」
聖女は、天使だった。
「私とあなたは違う。どう生きていくかは、あなた次第なのです」
あなたのいく道に幸運がありますように――レーラは静かにお祈りをした。
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