第263話、ドラゴンベビー、教育中
ドラゴンベビーにふれ合い、リアハは感動していた。それはソフィアも同様で、翌日以降も面会する許可を影竜は出した。
一方のミストは、ベビーに絡むことなく、影竜と何事か話し込んでいた。今後の養育方針の話し合いだろうか。
ともあれ、ソウヤ以外の人間とのファーストコンタクトはうまくいった。次は、アイテムボックスの外に出る。
宿や町中というわけにもいかないので、クリュエルの町の外へ移動してから、そこでドラゴンベビーたちを外に出してあげることになった。
ソウヤとミスト、ソフィア、リアハ、ガルは、浮遊バイクでクリュエルの町の西の野原へと向かった。町から充分距離をとったところで、ドラゴンベビーたちを外へ。
初めての外。太陽の光が眩しかったようで、しばらく瞬きを繰り返していた。やがて今まで見たことのない草花や外の空気に触れて、動き出した。
ゴロゴロと原っぱを転がったり、小走りに駆けたり、飛んでいる蝶に興味を示したり……。初々しいベビーたちの反応に、ソウヤたちはホッコリする。
しばらく遊ばせた後、いよいよ人間観察のお時間がきた。
まずはダンジョンへと向かう冒険者を、遠くから眺める。
「よいか、ああいう輩はドラゴンと見たら、逃げるか攻撃してくるかに分かれる。気をつけるんだ」
人間形態の影竜が、ベビーたちにそんなことを言っていた。
ソフィアが肩をすくめる。
「間違ってはいないけど、複雑ぅ」
「ドラゴンの視点だとそうなるんじゃないでしょうか」
リアハがフォローを入れた。
ソウヤも少し考えてみて、確かに冒険者が魔獣などと遭遇すれば、影竜のいう二択を選択する率が高い。武器を手に警戒、あるいは襲ってくる者もいるということを、子供たちも知っておかないといけない。
アイテムボックス内には、ドラゴンベビーに害を与える存在はいなかった。だが外の世界には、ドラゴンと見たら敵意を向ける人間のほうが多いというのは間違いない。
人間であるソウヤからすると、甚だ遺憾であるが、ドラゴンや魔獣サイドからすれば、冒険者は命を狙ってくる敵である。
人間は味方、と勘違いした結果、狩られたり、あるいは騙されたりなんてことも、まだ弱い子供の頃だとあり得る。
――付き合うのは難しいなぁ、改めて考えると……。
複雑な心境になるソウヤである。子供の教育の何と難しいことか。余計な口出しはしないように、影竜とミストの指導を見守ることにする。
そうやって見ているうちに、ソウヤたちは色々とベビーたちに驚かされることになる。
「……ねえ、この子たちって、人間の言葉を理解してない?」
ソフィアが、影竜の話を聞いているフォルスとヴィテスを眺めながら言った。ソウヤも頷く。
「オレも薄々そんな気がしてた。」
影竜が女性姿で、人の言葉を使って話している。それを黙って聞いているベビーたち。返事は竜の鳴き声だが、その返しのタイミングなど、会話しているように見えた。
「ドラゴンって、賢いんだな……」
驚きその2。どうやら魔力眼が使えるようだ。つまり、人間からはゴマ粒にしか見えない距離にいる人間の顔や格好などを、拡大しよりはっきり見ることができる――と、ミストが教えてくれた。
「あれで、いま、町の入り口近くにいるキャラバンを見ているのよ」
クリュエルの町に商売でやってきた一団。ソウヤの視力では、点にしか見えないが、影竜と子供たちの会話から察するに、そこにいる人間の数や馬の数などを数えて、魔力眼のトレーニングをしているようだった。
「凄いですね……」
リアハが言葉を失っていると、ソフィアが振り返った。
「ミスト師匠。魔力眼って、魔法みたいに覚えることってできます?」
「というと?」
「遠距離視覚の魔法ってあるじゃないですか。アレの応用かなーって思うんですけど、違いますか? それとも、ドラゴン種特有のスキルなんでしょうか?」
「そうねぇ……」
ミストは顎に手を当てて、考える仕草。
「遠距離視覚の魔法という意識はないのよね、魔力眼って。ただ魔力で視力や視点を動かしているということを考えるなら、魔法であるとも言えるわね」
そこで、ミストは肩をすくめた。
「ごめんなさい。ワタシには、そのあたり、出来てしまうものだから教えるのは難しいわ。ジンに聞いてみなさい」
「そうですか……はい」
素直に頷くソフィア。そこでソウヤは口を挟んだ。
「ソフィア、お前、確か使い魔を飛ばして、離れていても見えるんじゃなかったか? それって、使い魔を介しているが、魔力眼と同じだと思うんだが」
「……あ!」
思い当たったのか、ソフィアが声を上げた。魔力眼を飛ばして見る。使い魔を飛ばして見る。使い魔どうこうを除けば、やっていることは同じだと、ソウヤは思った。
「なるほど……考え方は同じかもしれない。使い魔の視界を通して見る感覚か……」
どうやら、ソフィアは自分なり理解を深めたようだ。興奮している美少女魔術師をよそに、ミストは笑みを浮かべた。
「面白いことに気づくわね。今のフォローは、ちょっと嫉妬したわ、ソウヤ」
一応、ミストはソフィアの師匠のひとりである。その彼女を差し置いて、あまり魔法を得意ではないソウヤがヒントを与えたことに、少しばかりジェラシーを抱いたようだった。
「さすがです、ソウヤさん」
リアハは目を輝かせた。
「魔法にもお詳しいのですね」
「いや、別に詳しーっていうか、思ったことを言っただけさ」
魔法に関しては、本職の魔術師には遠く及ばない。少しは使えるから、まったく知らないわけではないが、ジンのほうがよっぽど上手く教えるだろう。
リアハの熱心な視線に、ソウヤはこそばゆさを覚える。姉のレーラもだが、リアハも少し好意的解釈が過ぎるところがあるような気がする。
――まあ、褒められるのは悪い気はしないけどな。
・ ・ ・
翌日、ドラゴンベビーが脱皮した。
姿は別に変わらないが、若干、体が大きくなったようだ。だがそれよりも、ソウヤを驚かせたのは、フォルスの一言だった。
『お、おはよう、ソウヤ――』
たどたどしく、だが、フォルスは人語を喋ったのだ。
――喋った……。しゃべったーーっ!!
「オ、オレの名前を呼んだ!」
感無量。ジーンときて、心が震えた。
いつか、ミストや影竜のように人語を喋る日もくるだろうと思っていた。だがまだ、生まれてさほど経っていないドラゴンベビーが、もう言葉を話すなど想像だにしていなかったのだ。
『ソウヤパパ……』
「パパ違うわ!」
思わず突っ込んでしまうソウヤ。パパではない。
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