第229話、謎の嵐と、次の旅へ
大陸の北――地図で言うところの端に近い遠い海に、精霊の泉があるとされる小島が存在する。
いまいち信用できない地図のせいで、正しい位置がわからない。ミストはドラゴンの魔力眼――千里眼に近いそれで、探しながら飛行する。
その間、ソウヤは目視による警戒をしていたが、しばらく飛んでいるとミストが念話を送ってきた。
『ソウヤ、ちょっと厄介な問題が発生よ』
「どうしたんだ?」
島が見つからなかったってオチだろうか。
『島があるにはあるのだけれど……すっごい嵐に囲まれている』
「……囲まれてる?」
妙な言い方をするものである。ソウヤは首を傾げる。
「天候が悪いってことじゃないのか?」
『風の流れを無視して島とその周りをずっと停滞しているというのは、どう考えてもおかしい』
「……なるほど、そりゃ変だ」
ミストは、ふいに速度を緩めた。
『あと、その黒雲も不気味なのよね。形容すると竜巻みたいでどこまで伸びているのかわからないくらいの高度まで伸びてる』
「なにそれ、怖い」
想像して思わず呟く。宇宙から見る台風の渦とか、その下がどうなっているか想像すると怖いものがあるが、黒雲で竜巻のような、というのもかなり恐怖感がある。
「近づきたくないなぁ」
『ワタシも、ちょっとあの嵐の中を飛ぶのはごめんだわ』
ミストも同意した。さすがの風の属性のドラゴンも、拒否モノの規模らしい。
「日を改めよう」
ソウヤが決断すると、ミストはあっさりと従った。
「魔力眼で、嵐の中は見えたりしないのか?」
『並の嵐ならね』
ミストは逃げるように加速した。
『でも嵐は、風と雨が凄すぎて、視界がほぼ真っ暗だった。ちょっと普通じゃない』
無策で突っ込むのは危険過ぎる。いったい何が起きているというのか。
この世界特有の天災? 何らかの魔獣のテリトリー? それとも……魔族の企みか何かか。
ソウヤはあれこれ考えるが、手掛かりが少なすぎて、断定はできなかった。
・ ・ ・
グレースランド王国に戻り、仲間たちと合流した。
成果を期待していたらしいリアハは、ソウヤとミストからの報告に落胆した。ジンは『天候では仕方がない』と姫君を慰めた。
「ただ、おかしな嵐だというのは間違いなさそうだ。これもそういう気象について、文献などをあたってみたほうがいいかもしれない」
調べることが多い。
とりあえず、グレースランド王国にある精霊の泉を回ってみて、そこから次にエンネア王国へと戻ることにした。
北の小島は完全にソウヤの勘で、実際のところ泉はあっても大精霊はいないかもしれない。案外、期待しないほうが当たりを引くことがあるかもしれない。
銀の翼商会は正式に王都を離れる。次に戻ってくるのは未定なので、グレースランド国王に挨拶をしておく。
出発する時は見送らせてくれ、と王様に言われていたからだ。娘であるリアハを預かるので、それも無理もないかとソウヤは思う。
王国を救った恩賞として、グレースランド王国での商業活動の自由、税金免除、飛空艇での飛行権などに加えて、報酬金を山のようにいただいた。銀の翼商会全員が、十年は働かなくても少々贅沢にやっていけるだけの量である。
「お世話になりました、陛下」
「君たちいなければ、我々は今頃、魔族の駒として使われ、殺されていただろう。よくこの国を救ってくれた。本当にありがとう」
「恐縮です」
国王に握手を求められ、ソウヤは応じた。
「またいつでも来てくれたまえ。歓迎しよう」
「ありがとうございます」
「そしてソウヤ殿。……娘をよろしく頼む」
「はい、陛下」
必ず、レーラを助ける――ソウヤは頷いたが、ふとリアハ姫のこともだろうな、と思い出す。
整列した騎士、兵士たちから見送られ、銀の翼商会はグロース・ディスディナ城を出た。すると王都の住人たちが、道の両脇に出て手を振ってきた。
救国の英雄たちの出発だ――とは、どこかから聞こえた声だったが、グレースランド王国の民たちが、銀の翼商会の活躍を認め、その別れを惜しんだ。
「何だか凱旋パレードみたいだ……」
そう呟いたのは、カーシュだった。そういう経験があるのだろう。彼が手を振り返すと、若い娘たちから歓声が上がった。
そこまでイケメンではないのに、何故だ? ソウヤの心の声は口からは出なかった、近くにいたセイジが苦笑した。
「やっぱり騎士というのは画になるんでしょうね……」
今回の王城攻略戦では、騎士として完全装備で出たカーシュである。勇猛な騎士様は、さぞ格好良く映ったのだろう。
なお、やはりというべきか、リアハ姫の人気はすこぶる高かった。王国解放に、自国の戦姫が活躍したとあれば、その人気は否が応でも上がるというものだ。
ソウヤは、かつて聖女レーラを見送るために集まった民に匹敵するくらいの盛り上がりとなっている今の状況を、微笑ましく思った。
一方で、オダシューら元カリュプスメンバーは、どこかぎこちなかった。
「どうしたんだ?」
聞いてみれば、屈強なオダシューが、心持ち背を丸める。
「おれら暗殺者として生きてきましたから……こういう手放しで見送られたりするのは、経験がないんでさぁ」
「あー……」
表立って暗殺者と言うわけにもいかず、知らない人からの歓迎や好意を受けることがほぼなかったのだろう。
さぞ居心地が悪いだろうと思う。
「いまじゃ、救国の英雄だもんな」
「やめてくださいよ、ボス。おれら、ただ魔族の下っ端を始末しただけですぜ」
「この国のために戦ったのは間違いない。赤の他人、自分たちと関係ない人間のために命を懸けた。それは中々できることじゃない」
人は自分を優先するのが普通だ。人のために自らの命を捧げるなど、思ったとしても実際にできる者はさらに少ない。
「……勇者様にそれを言われてしまうと、返す言葉もありません」
人々のために、魔王を討伐に行く――それを聞いて、ソウヤは笑った。
「そうかもしれんな。あんまり意識したことなかったけどな!」
困っている人を見かけたら助ける。それがソウヤという人間。魔王の討伐も、その延長に過ぎなかったのだ。
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