第206話、十年前に会った女の子
ソウヤたち一行は、街道脇に浮遊バイクとトレーラーを置く。
トレーラーの右ハッチを操作すると、カウンターが開いて、商品棚を展開。ジンの渾身のギミックである。
「……」
フードを被った若い女は呆然としている。当然と言えば当然だ。この世界には移動販売車やその類似のモノは存在していないからだ。そもそもバイクで牽引するトレーラー自体、超絶レアである。
「話を聞く前に、名前を聞いても?」
ただのお客なら聞かないが、グレースランド王国に起きた話を聞くのは、おそらく長くなる。名無しのままだと、やりにくい。
「これは失礼した」
女はフードをとった。金色の髪が流れるように露わになった。緑の瞳に、少女らしい柔らかな顔立ち。十代後半とおぼしき美少女だ。
見ていたソフィアやセイジが目を丸くしたが、それよりもカーシュが絶句し、ソウヤ自身も驚いた。
「……レーラ?」
思わず出たその名前。聖女と言われたグレースランド王国の姫君、レーラ・グレースランド――その彼女によく似た顔の少女がそこにいた。
「……姉さんを知っている?」
レーラによく似た美少女は眉をひそめた。
「姉さん……? ということは、彼女の妹か?」
驚くソウヤに、少女は胸に手を当て、会釈した。
「姉を知っている人がまだいらっしゃったとは……。申し遅れました、私はリアハ・グレースランド」
「……!」
後ろでセイジが「じゃあお姫様?」とビックリして、ソフィアも慌てる。
「……あのリアハ?」
ソウヤは、過去の記憶が蘇る。
聖女レーラの旅立ちの日。グレースランド王国の王族にお見送られた勇者一行。美人の母君の陰に隠れていた、女の子がいた。それが第二王女のリアハ・グレースランドである。
「あの小さなお姫様が……えぇ……何とまあ、立派になって」
少し見ない間に大人になっていた姪っ子に会ったような気分。幼稚園だったのが学生服を着るくらいに成長していた的な驚きを感じた。
人見知りのように見えたか弱い女の子が、十年経ったら剣を携えた戦士、もしくは騎士になっていた。
「失礼ながら、あなたは私を知っているのですか?」
先ほどまでと口調を明らかに変えたリアハ。声が似ていることもあって、聖女だったレーラの影がソウヤの脳裏にちらついた。
「知っているも何もオレは――」
ソウヤが言いかけた時、後ろでカーシュが咳払いした。ミストも険しい顔をしている。
ふたりとも、ソウヤがかつての勇者だったことを明らかにするつもりだと察したのだろう。
――構うものか、彼女は関係者だ!
ソウヤは背筋を伸ばした。
「十年前、直接は話していないが、お姿は見かけています、プリンセス。オレ――あー、私は相木ソウヤ。かつての勇者です」
「勇者……ソウヤ!?」
リアハは息を呑んだ。彼女も、十年前のソウヤを見ている。旅立つ姉レーラと、一緒にいた勇者を。
「で、でも、勇者は魔王と刺し違えて――」
「そういうことになっていますが、生きています。十年ほど昏睡していたので、オレが眠っている間に戦死扱いになりまして……」
苦笑するソウヤ。リアハは目を見開き、ソウヤに詰め寄った。
「も、もしや、あなた様が生きていらっしゃるということは! 姉も! レーラ姉さんも生きて……」
そういえば、聖女の扱いはどうなっているのだろう? ソウヤは思った。
――オレ同様、死亡扱いか? それとも行方不明……?
かつての仲間であるカーシュに聞こうと思ったが、そういえば聖騎士がアイテムボックスに収容されたのは、ソウヤの昏睡よりも前だから、知っているはずもなかった。
「生きている、と言えば生きていると思うのですが……」
どうしても歯切れが悪くなる。石化していて、今のままでは死亡しているのとさほど変わらない。石化からの復活の方法があるとはいえ、解除した後、生きているかどうかも不確かだったりする。もしかしたら石化の時点でアウトという可能性もある。
ソウヤはレーラの石化の経緯と、現在の状況を説明した。愛する姉が石にされてしまったと聞き、リアハはショックを受けてその場に倒れかけた。
何とか踏みとどまったが、精神的ダメージを受けたようだった。
「……父が、カロス大臣を訪ねろと言っていたのは、このことだったかもしれない」
「大臣に?」
ソウヤたち銀の翼商会の支援者でもあるカロス大臣の名前が出てきた。
「父が――グレースランド国王が私に言ったのです。王国を見舞った災厄を祓う希望がある、と。おそらくですが、勇者であるソウヤ様と姉のことを大臣から聞くようにという意味だったのでしょう……」
消沈したように俯くリアハ。
――王国を見舞った災厄? 希望?
ソウヤは、要領を得ない。
「まだ事態が飲み込めていないのですが……。グレースランド王国国境の封鎖と何か関係が?」
「はい。いま、グレースランド王国は魔王軍の残党の攻撃を受けています」
「!」
遠巻きに聞いていた面々が顔を見合わせる。
「王国全体を、彼らは結界で覆ってしまいました。そしてグレースランドの民に恐るべき呪いをかけてしまったのです!」
リアハの目に涙が溢れる。愛する祖国を襲った悲劇を思い出し、感情が溢れたのだ。
「呪い?」
「魔獣化の呪いです……。王国内の人間すべてをモンスターに変身させてしまう呪い」
「!?」
普段冷静なガルが、すっと近づいた。暗殺者特有の無音移動。
「それは本当か?」
「は、はい!?」
あまりに急だったので、一歩身を引いてしまうリアハ。落ち着け、と言っても無理だろうが、ソウヤはガルの肩を押さえて、下がらせる。
「申し訳ない、リアハ姫。彼も魔族の呪いを受けて、その宿敵を追いかけている口なんだ」
「あなたも……?」
リアハの目がガルに向く。ガルは言った。
「その魔王軍の残党に、ブルハという魔術師はいたか?」
「ブルハ!?」
リアハがガルに詰め寄った。
「あなたはあの魔族の魔術師を知っているのですか!?」
「知っているも何も、奴は仲間の仇だ……!」
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