第205話、国境を目指して
グレースランド王国はエンネア王国の北西部に隣接するお隣の国である。
ふつう、隣国同士というのは仲が悪いのが相場だが、エンネアとグレースランド両国は親しい。そもそも両国の王族が、元々同じ一族だというのも関係しているだろう。
故に、エンネア王国側でも、グレースランド王国の不可解な国境封鎖は、大きな注目を浴びたに違いない。
「――カマルからの報せだと、何かあったのは間違いない」
ソウヤが言えば、カーシュは眉をひそめた。
「『行け』と書かれていたのかい?」
「いや、行けとは書かれていなかった」
だが――
「こう書けば、オレが行くと奴は思っている」
「その認識は合っていると思うよ、ソウヤ」
カーシュは肩をすくめる。
「報せれば、君が向かうことを知っているだろうからね」
「何かしら起こっているとなると、駆けつけずにはいられないのが勇者の性だ」
「レーラ様の故郷でもあるからね」
カーシュは真顔になった。
「君でなくても、僕だってきっと駆けつける方を選ぶ」
「本当なら、彼女の石化を解決してから行きたかったんだがなぁ……」
ぼやくようにソウヤは言った。
「行くだけ行って、まずは障壁がどんなものか見ないとな。こちらで破壊できるレベルならいいんだが、そうじゃなけりゃ対策を考えねぇと」
「それにはまず実物を見てみないと、だね」
カーシュも同意した。
「やっぱり魔族が関係しているんだろうか」
「結界の類似性、昨今の連中の行動……可能性は高いだろうな」
ソウヤは早速、皆を集めて、グレースランド王国国境へ行くことを告げた。
飛空艇の修理は、アイテムボックス内で並行して行うとして、ブルーアの部品工房には転送ボックスを渡して、注文部品のやりとりはそちらでやることにした。
これでルガードークにいなくても、直接部品に関するやりとりができる。
最初からそうしなかったのは、転送ボックスを信用できる者以外に明かしたくなかったからだ。
正直、ブルーアに対しての信用度というのは、秘密を明かしても大丈夫か、というレベルでは不安もある。が、状況が状況ゆえ、仕方ない。
グレースランド王国の国境封鎖が、魔族の仕業なら、その国の民が危険にさらされている可能性が高い。元勇者としても、それは見過ごすことなどできないのだ。
準備を整え、銀の翼商会はルガードークを出発した。浮遊バイクとトレーラーの一団は、ルガードークよりさらに北上した。
途中、関所があったが、大臣発行の通行証で何事もなく通過。街道を利用する旅人や商人とすれ違うが、基本呼び止められない限りは挨拶だけして移動を続けた。グレースランド王国に急いだからだ。
大抵は、初めてみる浮遊バイク集団を遠巻きに見る程度だったが、中には好奇心旺盛な者もいて、軽食や飲み物を売ったり、不要品を買い取ったりした。同時に、グレースランド王国国境の話を聞いてみれば、芳しい情報はなかった。
――もう少し北に行かないとわからないかな。
なおも北上するソウヤたち。そこでまた、ひとつの出会いが待っていた。
・ ・ ・
「……おたく、大丈夫?」
ソウヤは浮遊バイクを止める。街道で遭遇したのは、ひとりの旅人。フードを頭り、黒いマントを外套のようにまとっているが……血塗れだった。
おそらく返り血だろうが、ここで問題になるのは、何の返り血かということだ。
通行人? それともモンスターか何かか?
剣を持っている。細身の体型。戦士、旅人かあるいは冒険者か。
ミストやガルはあからさまに警戒する。カーシュもまたいつでも剣を取れるよう手を柄に添えている。
相手がかなり警戒しているのが見てとれ、どこか殺気じみた気配すら感じた。
――通り魔じゃねえよな……。
返事を待つソウヤ。その旅人らしき人物は口を開いた。
「つかぬ事を聞くが、君たちが乗っているのは浮遊バイクで間違いないか?」
若い女の声だった。凜としたその口調が自然と出てきたところからして、少なくとも人見知りするタイプではないだろう。
しかしソウヤは、その声にどこか聞き覚えがあるような気がした。口調からして、たぶん初めてのはずだが、声がソウヤの知っている誰かに似ていた。
「そうだが、あんたは浮遊バイクを知っているのか?」
「十年前に、一度見ている」
若い女は答えた。十年前と言うことは、ソウヤが勇者だったころの話だろう。
――ひょっとしたら、その頃に会っていたかもしれないな……。
なお素顔を見せてくれないので、知り合いかどうかすらわからない。
「君たちは、勇者の縁者か、関係者か?」
「……勇者マニアの商人だ」
――本物の勇者だけどね。
一応、勇者は死んだことになっているので、初対面の人間にはそう名乗っている。……彼女も現時点では、初対面のカテゴリーに入れる。
「商人?」
若い女は困惑の素振りをみせる。まったく予想外の答えだったのだろう。ソウヤは名乗った。
「オレたちは銀の翼商会だ。行商だ」
「行商……」
女は考えるように押し黙る。
「ちなみに、君たち銀の翼商会は、どこへ行くつもりなのか?」
「それに答える必要ある?」
ミストが槍を肩に担ぎ、あからさまな態度をとった。
「ミスト」
ソウヤは首を振る。見たところ、目の前の女性は、軽装だ。もしかしたらお客さんになってくれるかもしれない。……初遭遇で、警戒されるのはいつものことである。
「オレたちは、グレースランド王国を目指しているんだ」
「……そう」
若い女のフードが動く。
「忠告だが、今国境は封鎖されていて、外部から侵入はできない」
浮遊バイクに乗っている面々が顔を見合わせる。ソウヤは思わずニヤリとした。
「あんたは、グレースランドから来たのか?」
「そうだ。……信じられないかもしれないが」
「いや、信じるよ」
何せ、カマルからの手紙と一致している話だ。むしろ現地から来た人間の情報が欲しいところだった。
「詳しい話を聞かせてくれ。……お礼代わりと言ったらなんだが、よかったらご馳走しよう」
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