第192話、あるはずのない通路


 ルガードーク地下ダンジョンは、長く掘られた通路が複雑に絡み合っていた。


 分岐点がいくつもあるが、そうした部屋以外は通路となっているので、前と後ろを警戒すればいい、と思いがちである。


 出現するのは岩を溶かすワームや巨大スラッグ、洞窟コウモリ、肉食の鉄モグラ、スライムが主だった。


 ワームや鉄モグラは、天井や地面からも出てくるので、前後だけ見ていればいいというものではないのだ。


「でも通路は広いのよね」


 ミストが槍を振り回しても余裕の広さがある。


「この広さはドワーフが切り開いたものかな?」


 ソウヤは首を捻る。ジンが行った。


「それにしては迷路のようにくねっている。このダンジョンがそういう形にしたと見るべきかもしれない」

「ダンジョンが?」

「ああ。ひょっとしたら、ダンジョンコアがあるかもしれないな」


 ダンジョンは生きている説がある。コアと呼ばれるそれが、ダンジョンを形作り、外部の生物を引き入れて、自身の魔力の糧にするというものだ。


 もっとも、この説には矛盾があるという反論もある。ダンジョンには魔力で生成されたモンスターや鉱物などがある。それらを魔力を使って作って、外から魔力を取り入れる必要があるのか、というものである。


 ではダンジョンは植物みたいなものでは、という説もあって――結局のところ、真相は解明されていない。


「それはそうと、先ほどから、モンスターが出てこなくなったな」


 ジンの指摘に、ミストは一瞥を送る。


「そろそろ、あいつのテリトリーが近づいてきたからよ。……ああ、凄く、嫌なプレッシャーだわ」

「あちらさんは、こっちに気づいているのか?」

「だぶんね。ワタシが、ちらちらと魔力の目を使って位置確認したから、あちらもこっちを見ているみたい」

「向こうもこっちを把握しているなら、呼びかけてみろよ」


 ソウヤは言った。


「同じドラゴンのよしみで」


 今回、ジンには、ミストの正体がドラゴンであることを明かした。影竜と交戦となった時、ジンの協力は不可欠だ。


 だが交渉の余地があるかもしれない現状、ミストと影竜が話すところも目撃されることになるから、それなら事前に明かしておくべきだと判断したのだ。


 もちろん、ミストと話し合った上で決めた。ソウヤがミストの正体を告げた時、ジンは驚かなかった。


『うん、たぶん、そうじゃないかと思っていた』


 この、さも知ってましたという素振りがあったから、話したというのもある。


「……何かもう」


 ミストが、うんざりしたような顔になる。


「こっちから呼びかける前から、殺すオーラを感じるんだけれど」

「話し合いが通じない相手ってことか?」


 ソウヤは嘆息する。避けられるなら避けたい戦いである。好き好んで上級ドラゴンと戦いたいと思う奴は、相当おめでたい奴だと思っている。


「ドラゴンだからって、仲間意識を持っているかは別ってことよ」


 警戒を怠らないミスト。


「ドラゴンなんて、基本引きこもりで孤立主義だからね。その癖、縄張り主張は人一倍ってやつよ」


 最強の生物ゆえ、主張が激しい。しかも引きこもりだから、周囲の心境などお構いなしと、空気が読めない。


「面倒くさいな。爺さん、照明魔法。とりあえず奇襲されたくないから、洞窟内、照らしちゃってくれ」


 ジンが、光源となる球体を複数、出現させた。周囲を光が満たし、暗闇を消し飛ばす。


「う、眩し……」


 当たり前だが、ソウヤは目元を覆って、視界を光に馴染ませる。


「ミスト、まだ、ここにはいないよな?」

「今のところはね」


 ミストもまた、パチパチと瞬きを繰り返して光に目を慣らしていく。このタイミングに襲われたら厄介なのだ。


「いまさらだが……」


 ジンが腕を組んだ。


「相手はドラゴンで間違いないか?」

「全体像は見ていないけれど、気配はドラゴンだわ」


 ミストが答えた。老魔術師は腕を組む。


「サイズは……わからないな? 上級ドラゴンは軒並み大きいと聞くが」

「ミストの例もあるし、狭い通路に現れるかもよ」


 ソウヤが、人型形態であるミストを見た。人化の魔法を使えば、ドラゴンとて人間に化けられる。


「とりあえず、前進しよう。照明はこのまま移動だ」


 ミストを先頭に、ソウヤとジンは続く。照明となっている光球もそれに合わせて動くため、闇の部分がほとんどなくなる。奇襲はさせないスタイル。


 黙々と進んでいくと、三方向へ分かれる分岐点に差し掛かった。ギルドからもらったダンジョンの地図を見ていたジンが「待て」と言った。


「地図には正面への通路がないが……?」

「……分岐は三つだぞ」


 ソウヤは振り返る。


「その地図、間違っていないか? それとも地図を読み間違えたとか?」


 分岐の数を間違えた可能性もある。何せ、このダンジョン、分岐も多く、結構入り組んでいる。


「数え間違いはないよ。間違いがあるとすれば、地図のほうだろう」


 ジンはきっぱりと断言した。ミストは視線を正面に向けたままだ。


「気配は、真っ直ぐから感じるわ」

「つまり、それまでなかった道があって、そこに影竜がいるかもしれないということか」


 ジンは口元を緩ませた。


「行方不明者が出た原因も、このあるはずのない道が開いたことが原因かもしれないな」

「じゃあ、この道から先は、明らかに影竜のテリトリーってことか?」


 ソウヤは気を引き締める。


「奇襲はされにくいとは思うが、油断するなよ」


 ミストとジンは頷いた。


 三人は、地図にはない通路を進む。光源が通路を照らし、陰の部分を光で塗りつぶしていく。


「ソウヤ、応答があった」


 ミストが唐突に言った。


「相手はドラゴンで間違いないわ。『帰れ』って言っているわ」


 魔力による念話だろうか。奥に潜んでいるドラゴンからの警告を、ミストが報告した。


 ソウヤは少し考え、そして言った。


「ミスト、相手に言ってくれ。『オレたちは行方不明者を捜索している。それらを見つけたら、即撤収する』」

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