第157話、夢は遥か彼方


「ところで旦那、ひとつ聞いていいか?」


 ライヤーが問うた。ミストたちと合流しようと12号遺跡から離れようと思った矢先だった。


「何だ?」

「あんた、さっきこう言ってたよな? 『飛空艇を持っていた』って……」

「……それがどうかしたか?」


 何となく、嫌な予感がした。世間一般の飛空艇は遺跡からの発掘品か、国や上級貴族の限られた者しか保有していない。


 ――ま、悪い方に転びそうなら、元は軍にいた、って体で誤魔化すか。


「いや、今も持ってたりしないかなって思ってな――」


 ライヤーは自身の灰色の髪をかいた。


「その、もし持ってるなら、今回のおれの取り分で売ってくれないかなー……ってな」

「飛空艇を買う?」

「ああっ! 空は男のロマン! おれは飛空艇で世界を見て回りたいんだよ!」


 ライヤーは臆面もなく言い放った。


 ――ロマン。ああ、わかる。それわかるわ。


 ソウヤも、飛空艇で空を自由に飛び回るという夢を持っている。しかし、そうとなれば売るという選択は考えられなかった。

 だが、持っていることを明かしてもいいだろう、とソウヤは判断した。何故なら――


「ライヤー、ひょっとして飛空艇とか機械に詳しいか?」

「古代文明時代のもんを含めて、ある程度な。おれが古代文明の研究をやってるのも、元はと言えば、そっちを研究するためなんだぜ」


 ライヤーが胸を張れば、ソウヤは考え深げな顔になる。


「つまり……壊れた飛空艇を直せたり?」

「壊れてるのか?」


 真顔になるライヤー。ソウヤは頷く。


「修理しないと使えない。で、どうなんだ?」

「部品があればな。よっぽど凝ったもんじゃなきゃ直せると思うぜ」

「ふむ……。こちらも質問に答えよう。飛空艇を一隻持ってる。ただし修理が必要だ。しかし、こいつを売るつもりはない」


 ソウヤはきっぱりと告げた。


「将来的に、銀の翼商会で仕事で飛ばすことになる。それに、オレもあんたと同じで、飛空艇で世界を巡るって夢がある」

「夢……。そっか」


 ぼりぼりと自身の髪をかきつつ、ライヤーは困った表情を浮かべた。


 本音を言えば、船が欲しい。だがソウヤが夢だと言葉にした以上、それ以上にライヤーは強く出られなかった。同じ夢と聞いたら、理解はできるのだ。だが自分を差し置いて、譲れなんて言えない。逆の立場だったら絶対に、首を縦に振らないだろう。


 ライヤーが、どう言葉にしていいか逡巡する中、ソウヤは言った。


「だがな、さっきも言った通り、修理が必要だ。そしてオレは、飛空艇を直せる人材を探している。定期的に面倒を見れて、ついでに船長を任せられる人材をな」

「それって、つまり――」

「もしその気があるならやるか? キャプテンシートは空いているぞ」


 ライヤーは目が点になった。間抜け顔をさらして固まっている彼を、フィーアがポンとその肩を叩いた。それでようやく我に返る。


「旦那はツイてると思ったが、どうやらツキはおれにもあったらしいッ!!」


 叫ぶようにテンションが上がるライヤー。


「その船長に、志願してもいいかい、旦那!?」

「オーナーはオレ。仕事でどこに行くかは、オレの指示に従ってもらう。だが船長はあんただ。それでいいか?」

「ああ! ああ! 最高だ、旦那! いやオーナー!」


 交渉成立! どちらともなく出した手でがっちりと握手を交わす。


「……とはいえ、まずは船を見てもらおう。直すにしても、専門家の意見が聞きたい」

「そうだな。いや旦那は話がわかる。銀の翼商会だっけ? 名前に翼があるのも気に入った! よろしく頼む!」


 ということで、飛空艇修理の第一歩として、機械のいじれる人材をゲットである。


 そこでふと、ソウヤはフィーアを見る。


「彼女はいいのか? その銀の翼商会に入ることについて」

「ライヤーが、そうするのならばわたしは従うだけです」


 青髪少女がコクリと頷けば、ライヤーは口を開いた。


「きちんと紹介していなかったな。彼女は、古代文明時代の自動人形なんだ」


 自動人形――ロボットのようなものだろう。背中にジェットパックを内蔵。さらに腕も伸びるらしい。


「と言っても、動き出したのはおれが拾った時が初めてらしくて、肝心の古代文明時代のことは何にも知らねえみたいだがな」


 ライヤーは、フィーアの肩に手を回した。


「おれをマスター、つまり主に選んだみたいでよ。その縁で、おれが面倒を見ているってわけだ」

「ライヤー、訂正を。面倒を見ているのはわたしの方です」

「家事とか食事とか、そういうこと言ってんじゃねえんだよ」


 即座にツッコミを返すライヤー。今のやりとりを聞いた限り、主従関係というよりは、コンビのように感じた。


 ――まあ、オレはひとりくらい増えても全然構わないけどな。


 ライヤーの仕事のヘルパーとして、むしろいたほうがいいのではないか。意思疎通もできているに違いない。


 また、自動人形とはどんなものか気になるソウヤである。


 それはともかくとして、アイテムボックスに収納している飛空艇へ、ライヤーたちをご招待。アイテムボックスとは言わず、魔法の格納庫と適当なことを言っておいた。


 あまり意味はないが、呼び方ひとつで秘密の守り方も変わるものだ。


「うおっ、マジで異空間かよ!?」


 古代文明時代の遺産と言ったら、ライヤーは信じた。そのままアイテムボックス内の、飛空艇を披露する。


「……っ」


 その姿を見て、ライヤーは息を呑んだ。船体にいくつも破損があるが、大まかな形は留めている。


「こいつは凄い。……王国が作ったもんじゃねえな。こいつは、古代文明時代の船だ」


 感嘆するライヤー。ソウヤはセイジと彼の後に続きながら、船を指さした。


「まあ、見ての通り、このままじゃ飛べないがな」

「見た感じは直せそうだが……やっぱ中の機械を見てみねえとな。旦那、中いいかい?」

「もちろん。少々汚れているが見てくれ。それでどうにかなりそうか、意見を聞かせてほしい」


 許可を出すや否や、ライヤーは駆けていった。夢というだけあって、飛空艇に触りたかったのだろう。


 それを微笑ましく思いつつ、そういえば、ミストたちに、彼らのことを紹介しないといけないな、ソウヤは心の中で呟くのだった。

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