第99話、冒険者引退後の進路

 エイブルの町冒険者ギルドの執務室。ソウヤは、ギルド長のガルモーニに、魔法カード(仮)について説明した。

 ミスト製作のサンプルももちろん持参している。


「魔法が苦手な魔術師のために作ったんだが、他にも需要があるんじゃないかと思ってね」

「どんな?」

「予め魔法の形が決まっているから、普通に呪文を唱えるより発動が早い。つまり、先手を取りやすい」


 ソウヤは続ける。


「術者の魔力を消費しない。魔力を温存したい時や、枯渇してヤバイ時の保険になる。あと、魔術師じゃなくても使える」

「聞いた限りでは、普通に魔道具だな」


 ガルモーニは、事務的な調子で言った。身も蓋もない。


「最大の違いは、使い捨てだってことだ。その普通の魔道具に比べた、その分、安く提供できるんじゃないかと思う」

「使い捨てか……」


 渋い顔になるガルモーニ。ソウヤは付け加える。


「ま、ポーションを飲むようなもんだよ」


 ああいう薬だって、使用したらなくなる。それと同じだ。


「魔法が使えない冒険者の切り札にはなるかもしれんが……冒険者はケチだぞ。特に金のない下級は」

「だが長期戦や、魔術師の魔法詠唱のインターバルをカバーするとか、役には立つと思うぞ。ダンジョンスタンピードみたいな、大集団を相手にしなくちゃならんときとか」

「使い方次第だな。だが現状、需要があるのかないのか、自信を持って断言できないとしか言いようがないな」

「売れなきゃオレらで使うだけさ。……で、本題はここからだ」

「まだ本題じゃなかったのか!」


 わざとらしくガルモーニが口元を歪めた。


「魔法カードを色々作りたい。それでカードに魔法文字を刻んで、発動する魔法のバリエーションを増やそうと思うんだが、こちとら素人でね。色々魔法が使えて、魔法文字ができる人材はいないか?」

「ふむ……。魔法文字を使うとなると、魔術師か、魔道具職人かな」


 ガルモーニが腕を組んで思案する。発せられた呟きに、ソウヤは反応した。


「そうか、職人って手もあったな!」

「でもどうかな。使い捨て魔道具に魔道具職人が興味を示すか、という問題がある。魔法を発動させる魔法文字だって、簡単じゃないからな」

「あー、『オレの魔法文字を使い捨てに使えるか!』ってやつか」


 老練なプロ職人のプライドを傷つけたりしないだろうか。


「そういう人もいるだろうな。普通に魔術師に頼むのが無難かもしれん。いや、そっちでも引き受けてくるかな? 稼がなきゃいけない連中ほど、多忙だしな」

「いっそ副業ってことで、魔法カードに魔法文字を刻んだら、一枚につき銀貨一枚とかな。小遣い稼ぎに、下級の魔術師冒険者がやってくれないかな?」

「副業というのはいいアイデアだが、下級はどうかな。魔法のバリエーションが少なそうだから、たくさん作らなきゃいけない時以外は使えんかもしれん」


 そこでガルモーニは真顔になった。


「なあ、ソウヤ。小遣い稼ぎというわけではないが、いっそ魔法カードを販売する専門店とか作れるかもしれないな」

「どういうこと?」


 いきなりお店を、なんて言われて、ソウヤは目を丸くした。だが口にしたガルモーニも、すぐに考え直したようで、首をかしげた。


「いや、ちょっと飛躍し過ぎた。思ったのはだな、冒険者を引退しなくちゃいけなくなった魔術師に、仕事として与えられないかと思ったんだ」


 冒険者稼業は命懸けだ。ダンジョンに潜ったり、モンスターと戦ったりと、死は隣り合わせである。たとえ命は助かっても、体の一部を失い、冒険者を続けられなくことだって珍しくなかった。


 社会保険とか保障とか、ろくにない世界である。若くして、普通の仕事につけなくなった者の末路は悲惨である。


「雇用か……」


 冒険者のセカンドライフ。ソウヤ自身、勇者から行商に転職した身だから、そういう話は他人事には思えなかった。


「魔法カードで商売が成り立てば、の話だよな、それは」


 いざ大量に作っても、買い手がつかなければ意味がない。


「最初は、やっぱり小遣い稼ぎ程度からはじめて、『これはいける!』ってなったら考えるべきだ」

「そうだな。単なる思いつきだ。ひとまずは様子見といこう」


 ガルモーニは頷いた。その口ぶりでは、ソウヤのやろうとしていることに全面的な賛同を得たと解釈してもいいだろう。

 まずは実際に使えるか、である。ソフィアやセイジに使わせてみて、経験を蓄積させよう。


「とりあえず、カード作りを頼めそうな人材を探してもらってもいいか、ギルド長」

「おう、二、三、心当たりがある。話をしておく」


 ガルモーニは請け負った。


 目の前の男は、冒険者の生活などを考える、実にギルドマスターらしい人物だと、ソウヤは評価する。


 個々の相談だけではなく、引退後の人生をも考えてくれる彼の下で活動する冒険者たちは、幸せ者だと言える。


 ソウヤがひとり納得していると、突然、下のフロアで激しい爆発音が響いた。ソウヤとガルモーニは、とっさにソファーから腰を上げて身構える。


「何だ、今の?」

「爆発か……? 下で何かあったぞ!」

 


  ・  ・  ・



 冒険者ギルド一階フロアに下りると、負傷者が運び出されていた。寝かされた冒険者に手当てをする者たち。

 飛び散った血、床や壁の欠片。怒号が響き、負傷者の苦痛の声が耳朶を打つ。


「何があったのだ!?」


 ガルモーニが声を張り上げれば、近くを通りかかった冒険者が『爆発だ! いきなり爆発しやがった!』と叫んだ。通りかかった受付嬢のひとりが、ガルモーニに気づいてこちらへやってきた。


「ギルド長、冒険者を名乗る男が、突然フロアで爆発して――」

「見たのか!?」

「ええ! 初めて見る顔で、何でも王都ギルドから来たとか言っていて――」


 その受付嬢は現場を目の当たりにしたせいか、落ち着きがなかった。


「カエデさんに用があるって、ちょうど彼女がフロアにいたので教えたら、そっちへ近づいて……そうしたら爆発して」


 見る間に表情が悲しみと動揺で歪んだ。思わず口元に手を当てたその受付嬢の肩をガルモーニは掴んだ。


「カエデが!? 彼女はどうした!?」

「さっき、奥へ運ばれていきました。男が爆発して、彼女も怪我を――」

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