第96話、形は見えてきたけど……

 女魔術師ミア曰く、東洋には、使い捨て魔道具で『おふだ』なるものがあるという。


「お札……お札ね」


 ソウヤも心当たりがあった。元の世界のお話だが、陰陽師とか、中国や日本の魔術師がよく使っている魔法アイテムだ。実物は見たことがないし、漫画やアニメで知っている程度の浅い知識ではあるが。


 始めはカードゲームアニメから連想していたが、言われてなるほど、お札という伝統のマジックアイテムがあるじゃないか。


「それって、この辺りじゃ手に入らないのか?」

「あー、そりゃ無理ですよ。教わった話だと、東洋の魔術師たちは、お札をそれぞれ自作していて、他人に譲渡することはほとんどないそうですから」

「こっちの魔術師がマネしようとしたことはないのか?」

「どうですかねぇ。たぶん物好きが試したくらいはあるとは思いますけど、はっきり聞いたことはないです。そもそも、魔法効果を発動するお札を使うより、そのまま呪文を唱えて魔法を使えば早いですし」


 と、本職の魔術師が言った。身も蓋もない……。


「でもお札にもメリットがあるだろう?」

「そりゃあ……。授業で聞いた範囲だと、通常の呪文式より早く撃てるから、先手を取りやすいってことくらいですかね。でも予め用意しておかないといけないし、札を出して、発動のための短詠唱するっていう流れなんで、普通に魔法を使うのと、それほど差がなかったりしますよ」

「……なるほどなぁ、こっちの魔術師にとっては、あまり魅力がないってことか」

「お札があれば、魔力を消耗した時でも魔法が使えるんですけどね……。ただ予め刻まれた範囲の魔法しか使えないので調整が利かないし、一から作ると魔力を使うし、専用の魔法紙も必要になります」

「デメリットも多い、か」


 うーん、そううまくはいかないか――ソウヤは腕を組む。ミアは言った。


「でもまあ、ソウヤさんが言うように、適性の低い魔術師でも、準備さえできれば、普通の魔術師程度の働きはできるようになるでしょうね。お金がかかるでしょうけど」

「自作できないのかな?」

「できなくはないですけど、やっぱり魔法を刻む紙とか、材料費はかかりますよ。このあたりじゃ見かけないし、あっても高いと思います」


 仕入れる段階で、大変そうである。


 ――タルボットさんに頼むか? 貿易商さんが仕入れていないかな……?


 ソウヤは考えるが、いまいち自信がなかった。使い捨てという時点で、費用対効果が合わない予感。


 それならば、普通の魔道具をいっぱい持ったほうがいいかもしれない。たとえば、魔法をひとつしか発動できない指輪でも、それを両手のそれぞれの指にはめれば、複数の魔法が使えるわけだ。揃えるまで、時間と金をかなり使うだろうが。


「ありがとう、ミア。参考になったよ」

「お役に立てたのなら幸いです」


 ニッコリと笑みを浮かべるミア。だがそこで上目遣いを寄越される。


「もしよければ、ソウヤさんのとこが出している料理とか、食べたいなぁ、と」

「お安いご用だ。話を聞かせてもらったお礼だ。好きなもの注文していいぞ」


 ソウヤは鷹揚に頷いた。



  ・  ・  ・



 アイテムボックスハウスに戻ると、庭でソフィアが仁王立ちをしていた。


 そして彼女の後ろには、何故かメラメラとキャンプファイアーじみた炎が見えた。まるで漫画やアニメで見る、炎をバックに立っている登場人物のようだ。


「……何やってるんだ?」


 思わず聞けば、フフンとソフィアはドヤ顔。――ミストさん、これ何?


「ほら、彼女、背中から魔力が漏れているって話をしたでしょ? だから後ろを向いたまま、魔法を使ってみたらって、試したら、ようやく薪に火がついたのよ」


 ミストが説明してくれた。後ろ向きで着火とか、かなりシュールな光景が繰り広げられたのではないかと想像する。


「……屁でもしたら、爆発魔法になるんじゃないか」


 ちょうど後ろ向いているし、と言ったら、ソフィアがショックを受けたような顔になる。


「いや、喋れよ! 何で黙ってるんだよ!?」

「そこは褒めてほしかったんじゃないの」


 ミストが呆れたような目をソウヤに向けた。


「初めて、彼女が『まともに』魔法を使えたのよ? 形はどうあれね」

「あぁ、そういうことか」


 なるほど初だったか。


「そうか、これが本格的魔法の初か。凄いな、ソフィア!」

「いまさら遅いわ、ばかー!」


 ソフィアが叫ぶと、家へと駆けていく。


「褒めたんだが、タイミング悪すぎだったな」

「ええ、まったく」


 ミストは苦笑した。


「で、どこにお出かけしてたの? そろそろ晩ご飯が欲しいところだわ」

「ちょっと使い捨て魔道具のアイデアをな。作りながら話すよ」


 ソウヤは家に戻りながら、魔力を通したら魔法が発動する使い捨てカード的な魔道具が作れないか検討した話を説明した。


「ソフィアは、命令は伝えられるんだよな? その命令を受けた魔道具が、代わりに魔力を消費して魔法を発動したら、どうかなと思ってさ」

「つまり、昼間みた魔法武器を携帯しやすい形にしようってことね」


 理解が早くて助かる。


「でもそれなら、カードのサイズで携帯できて、何度でも使える魔道具のほうがよくない?」

「……」


 ミアも、そんなことを言っていた。指輪型魔道具とかでいいんじゃないか、というやつ。


「そんなアイテムが、おいそれと手に入ると思うか?」


 有名な魔道具職人に高い金を払ってもらって作ってもらうか、専門店でやはり高い金出して買うか、ダンジョンなどで探すしかない。


「希少魔道具を調達するより、安上がりで手軽なものがいいかなって思ってさ。特にソフィアは、魔道具や魔法武器を頼らない魔法も覚えていくんだろ? それまでの繋ぎで使えればいいかなとも思ってる」


 ソウヤはニヤリとする。


「うまく商品化できればさ、ソフィアだけじゃなくて、セイジにだって手軽に使えるし、高額魔道具を買えない冒険者でも、切り札的に使えるようになるんじゃないか?」

「一理あるわね」


 ミストが顎に手を当てて考える。ソウヤはキッチンに入り、食事の準備にかかる。さて、何を作ろうかな――


「で、その使い捨て魔道具は作れそうなの?」


 ミストが食卓につきながら聞いてきた。


「東洋にお札というカードに似た使い捨て魔道具があるんだ。ただ、このあたりじゃないらしい。材料を買うにしても、ちょっとお高くなるっぽい」

「ダメじゃない、それ」

「だから悩んでいるんだ」


 ソウヤが笑うと、ミストは淡々と言った。


「要するに、使い捨てで魔法を発動させればいいのよね。……できるわよ、たぶん」

「本当か!?」

「ええ、もちろん」


 ミストが頷いた。――この霧竜さん、凄ぇ。

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