第93話、ソフィアは何故、魔法が使えないのか?

 冒険者ギルドでの用を済ませたソウヤは、買い物に行っているセイジと合流した。アイテムボックスハウスへと移動して、ミスト先生によるソフィアの魔法訓練の様子を見に行く。


 家の前の庭に二人はいた。ソフィアは座禅を組んだ格好で、何やら目を伏せている。そんな彼女を見つめるミストのもとに、ソウヤは歩み寄った。


「何をやってるんだ、彼女は?」

「瞑想」


 ミストの視線は、赤毛の女魔術師に注がれたままだ。その横顔は、うまくいっているのか、そうでないのかイマイチ判断に困った。


「で、どんな様子なんだ?」

「彼女、魔力がとても豊富なの」

「それは知ってる」


 だから、ソフィアに魔法を教える条件に、ミストは彼女に魔力を分けてちょうだい、と言っていた。ドラゴンさんは、美少女の若い魔力を好むらしい。……とおとぎ話が言っている。


「魔力の豊かさは、魔法にも影響する。その一点だけでも、彼女は優れた才能を持っているわ」

「才能」


 ぴくりとソフィアの耳が動いたのを見逃さなかった。


「集中しなさーい!」


 ミストが一喝し、ソフィアが曲がりかけていた背筋を伸ばした。


「ただ、彼女、その魔力を自分のものとして利用できないのよ」

「利用できないっていうのは、魔法が使えないってことか?」


 ソウヤが問うと、ミストは頷いた。


「そ、自分の中の魔力を操作できない。魔力を制御して魔法として放つことができないのよ」

「何でまた……」

「とりあえず、外部から魔力が自身では制御できないよう、封じられているのが原因なのは突き止めた」

「外部から、封じられているだって?」


 ソウヤは驚いた。ミストの言葉どおりに受け取るなら。


「ソフィアが魔法を使えないのは、自分のせいではなく、何者かに封じられたからか?」

「まあ、そうなるわね」


 なんとまあ……。ソウヤは、瞑想中のソフィアを見やる。


「彼女は、知っているのかそれ」

「いいえ、ワタシが指摘するまでは知らなかったみたいよ。本人もビックリしていたわ。自分にそんな封印が、いえ、呪いがかけられていたなんで」

「呪い?」

「そう、呪いよ。ちょっとやそっとじゃ解除できないやつ!」


 ミストが眉がひそめた。


 悪意をもって施されたもの。呪いによって魔法を奪われてしまったソフィア。高名な魔術師の家に生まれながら、魔法を使えないという事実は、どれほど彼女を追い詰め苦しめたことか。


 ――そりゃ、家を飛び出すわな……。


「呪いは解けるのか?」

「本人にも同じ質問をされたわ。答えは否。ワタシは専門家じゃないから、人の作った呪いなんて解除できないわよ」


 ――人の作った呪いね。


 果たして、ソフィアに呪いをかけたのは、誰なのだろうか? 家族? 親族? 友人? それともグラスニカ家に恨みを持つ者の嫌がらせ?


「つまり、呪いを解除するには、専門家を探すか、いかなる呪いも解けるポーションとかを見つけるぐらいじゃないと無理でしょうね」


 ――要するに、オレのアイテムボックス内で治療待ちの人たちと同じってことか。


 生死には関わらないが、有効な手段を見つけるまではどうしようもない、ということだ。


「その専門家ってのは、ソフィアに呪いをかけた奴も含まれる?」

「候補ではあるけどね。彼女には、自分に呪いをかけた犯人に心当たりはないそうよ」

「うーん……」


 そっちから探れれば、と思ったが。


「グラスニカ家だっけ。そこで調べるか?」

「彼女は、家に戻るのは嫌だと言ってる。特に、魔法を使えない状態ではね」


 飛び出してきた手前、格好がつかないということだろう。わからないでもないが……。


「まあ、家を探ったところで犯人が見つかるとも限らないけどね。とりあえず、解除の方法を探りながら、魔法を覚えていく、という方針でいくわ」


 ミストは肩をすくめてみせた。――ちょっと待て。


「魔法は使えないのでは?」

「自分の魔力を使っては、ね」


 意味深な言い方をするミスト。ソウヤは顎に手を当てる。


「詳しく」

「魔力は、どこでも存在するの。草や土、空気にも魔力はある。彼女は、自分の中に有り余っている魔力を使えないけれど、それ以外にある魔力を利用すれば話は別よ」


 ゲーム風に言えば、自分の魔力=マジックポイントを使わず、他人や他の触媒などのマジックポイントを使って魔法を使うということだろうか。


「つまり、やり方次第では、今も魔法が使えると?」

「そういうこと」


 ミストは、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。何だか嫌な予感がするソウヤである。


「ちなみに、あの娘、自分の中の魔力を制御できないのに、魔力が豊富だから、余剰分がどんどん体の外へ流れでているの」

「もったない話だな、それ」

「ええ、だからワタシがその余剰分をいただく」


 そう言いながら、ミストはソウヤの背中を突いた。


「彼女、この部分から魔力が漏れ出しているのよ」

「背中かー」

「これがもし体の前へ流れていたなら、多少は魔法に利用できたのだけれどね。攻撃魔法とか、大抵は敵を見据えて使うものだから、まさか背中を向けて、相手を見ずに使うわけにもいかないわ」


 たぶん当たらないね、それは――ソウヤは頷いた。


「ちなみに、その背中から漏れてる魔力を塞いだりとかできないのか?」

「それをやると、あの娘の体に魔力がこもってしまって体を壊すわよ。自分でコントロールできないのだから」

「……酸素も過多だと爆発するのと同じか」


 人は呼吸することで酸素を取り入れるが、状況によっては体に害を与えたり、命の危険にさらされることもある。


「まあ、見てなさい」


 ミストは自信たっぷりだった。


「方法ならいくらでもあるわ。ワタシが彼女を一人前の魔術師にしてあげるわ!」


 頼もしいお言葉だった。

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