第83話、新メニューに挑戦
結局、あの盗賊たちに襲われていたのが誰なのか、さっぱりわからない。
貴族ではなさそうだった。商人にしては、やけに武器が充実していた。何か身元がわかるものがあればと思ったが、見つからなかった。
わからないのでは近くの町などで報告できないが、仕方ないのでソウヤたち一行は元の道に戻った。
予定より時間を使ったので、距離は稼げず夜を迎えた。お待ちかねの晩ご飯。そして今回はゲストがいる。
「もっ、何これ、おいひぃ!」
ソフィアは、銀の翼商会の野外食定番の串焼き肉を頬張り奇声を上げた。
街道近くにバイクを停めて、野外キャンプ。お客がいるとアイテムボックスハウスを利用しづらくなるのが難点ではあるが、テントを張り、火を起こして野宿も、たまにはいいと思う。
――隙を見て、アイテムボックスハウスで寝泊まりもできるんだけどね。
テントではなく、バイクの荷台のほうで休むとか適当なことを言えば。
それはそれとして、ソフィアはとても嬉しそうな顔で料理を味わっていた。同じく串焼き肉を食べていたミストが何故か自慢げになる。
「そうでしょうとも。この味付けが最高なのよ!」
「この甘辛いソース?がいいわね。こんなの初めて!」
「ショーユを絡めた特製のタレよ。あなたは運がいいわ。何せ新しいタレを最初に味わうことができたのだから!」
ミストが上機嫌なのもそれだ。これまでのソウヤ自作のそれっぽいタレではない、醤油を使った新作のタレだ。美味しくないわけがない。
ソフィアは、右手に串焼き肉、左手におにぎりを持って、モシャモシャと。
「――うん、肉もいいけど、このライスボールも一緒に食べるとイケるわね」
食べているおにぎりを改めて見つめるソフィア。
「米って炒めて食べるものだと思っていたけど、こういう食べ方もあるのね。……少し手がねとつくけど」
リゾットとか、そういう料理のことを言っているのだろうか。ソウヤは首を捻る。確か、バターとかオリーブオイルで米を炒めて、スープを混ぜるんだったか。
――炒める……。そうだよな、チャーハンとかピラフも食いたいなぁ。
そこでふと、おにぎりに目が行く。
「そうか、おにぎりか」
思いつく。
「せっかく醤油があるんだ。焼きおにぎり作ってみるか!」
「焼きオニギリ? 新メニューですか?」
セイジが聞いてきた。興味深そうなミストとソフィアをよそに、ソウヤは準備にかかる。
「ちょっと作ってみる」
作り置きのおにぎり。野外バーベキュー用の道具を用意。金網を用意して、まずは油を塗っておく。で、網を携帯コンロで熱して、おにぎりを投入。まだ醤油はつけない。小まめにひっくり返して表面を焼いていく。
手順は、昔バーベキューでやったらか覚えている。
焦がさない程度に焼き色がついてきた。そこで醤油の出番だ。本当はハケで使って塗っていきたいが、ないのでスプーンで代用。醤油をつけた面を焼く時、じゅっと音がして、ふわっと香ばしい匂いが広がった。
「あぁ、食欲をそそるわね……」
ミストが香りを堪能する。ソフィアも頷いた。
「これは絶対美味しいやつね」
ソウヤは焼き加減を見ながら、醤油を数回に分けて使い、味を染み込ませる。
「まだぁ、ソウヤ?」
待ちきれないといった調子のミスト。ソウヤは出来上がった焼きおにぎりをトングでつかみ、それぞれの皿に装う。
「おまちどう。焼きおにぎりだ」
「待ったわ」
ミストはさっそく手を伸ばし――
「火傷するかもだから、よく冷ましてから……って」
ドラゴンさんは、この程度の熱さは屁でもないらしい。
「いただきまーす!」
パクリと一口。
「ウウーン、ショーユの味だわ!」
そりゃそうだろ――ソウヤも手で掴み――あちっ! ふぅ、と息を吹きかけて熱を冷ます。
「あ、ずるい!」
抗議の声を上げるソフィア。熱を物ともせず食べているミストを羨みつつ、ふー、ふーとやっている。
セイジはと言えば、ソウヤが使っているのを見て覚えた箸を使って、焼きおにぎりを食べていた。
「美味しいですね、これ」
――セイジよ、おにぎりは手で食うもんだ。風情がないぞ。
「あ、あなた、そんな道具を使って! わたしにも貸しなさいよ!」
ソフィアが、セイジに突っかける。それを見たソウヤは、アイテムボックスから予備の箸を出して、ソフィアに差し出した。
「使え」
「どうも。……って、どう使うのよ、これ。刺すの?」
「あー、おにぎりが崩れる……。使えないなら、冷めてから手で食べな」
触れるくらいに冷ましたソウヤは、焼きおにぎりを口に運ぶ。
外はカリッと、中はホクホク。焦げたお米に醤油の風味が口の中を浸食する。息も熱を帯びる。またひとつ、故郷の味が蘇った……?
――うーん……?
ソウヤは小首をかしげる。確かに醤油の染みた焼きおにぎりだが。
――ああ、しまった。これ塩むすびだから、醤油の中の塩が加算されて……。
そこそこイケるが、ソウヤの中では失敗だった。
「初めての食感! おいしい!」
ソフィアもようやく食べ始めたようで、満足の声を上げる。ソウヤ以外は初見組なので、こういうものだろうということで納得しているようだ。
――違うんだ。本当の焼きおにぎりは、もっと美味いんだ!
これは調整が必要だと、ソウヤは強く思った。そんなソウヤに、セイジが気づく。
「どうしたんですか、ソウヤさん。眉間にしわが寄ってますよ」
「……焼きおにぎりは、もっと美味くなる」
「そう。美味しい焼きオニギリを期待しているわ!」
ミストが、ソウヤの心中をよそに、エールを送った。ソウヤは自分で作った焼きおにぎりを口に放り込み、きちんと処理した。
「しかし、醤油ベースのタレがあれば、色々できるよな。ご飯に醤油をかけたり、肉に醤油タレをかけた丼とか」
「ステーキに米!?」
肉にタレで、ミストが反応した。ブレないドラゴン娘である。
賑やかな夕食が終わった後、ソフィアが笑った。
「美味しかったわ。こんな満足した夕食は初めて!」
「そりゃ、よかったな」
作ったほうも、美味しいと言われれば嬉しいものである。
そこでソフィアは、遠く、夜の空へを見上げる。
「いいわね、こういう食事も。……皆でわいわいやるのって」
煌めく星々は、月の光が強くて、少し見えにくい。パチパチと焚き火から弾ける音が耳朶に響く。
ソウヤは、そんなソフィアを見つめる。
――やっぱ、どこかのお嬢様なのかな、この娘。
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