第65話、十年のブランク


 復活したランドールが、腹が減ったと言うので、ソウヤはアイテムボックスに保存していた料理を出した。


「オレらは行商をやってるんだが、飯も取り扱っていてね。こいつは新メニューだ」


 銀の翼商会の特製おにぎりとスープ。串焼き肉だけでは寂しいからと商品を増やしてみた。


「米というのかぁ……どれどれ」


 モシャモシャと頬張るランドール。


「うん、美味い! これは塩かな。米もパンより柔らかく食べやすい。……少し手がねちゃつくが……」


 ――海苔があればいいんだが……ないんだよなぁ。


 柏餅みたいに葉で包むかな、とソウヤは考える。ともあれ――


「気に入ってもらえたなら幸いだ。米は南方経由で手に入ってね」


 この世界でも案外、近くで米があった。遠い異郷の地まで行かないといけないということもなくてよかった。


 行商として色々な場所を巡るようになったおかげで、米に巡り合えた。日本の米と比べると、粒が大きいのが特徴だ。


 ……しかし何か違うのだ。米は米でも日本の米が食いたい、とソウヤは思う。


 ランドールは、ひとしきり食事を終えて腹を満たした。これからどうするか、という話になり、ランドールは顎に手を当て言った。


「しばらく、ひとりで旅をしたい」


 失った十年間を受け入れる時間が欲しい、と。ソウヤは彼の意思を尊重する。基本的に、判断は各々でするべき、と思っている人間である。


「それで、俺の装備はあるのか?」

「もちろん」


 アイテムボックスに収容した時、彼の装備品も全部、回収した。鎧は腹部の装甲がなくなっていて、そのままでは使えないが、服は当人たちの着替え分も含めて持っているから、当面の衣服には困らない。


「それと、これ魔王討伐の旅で得た報酬を、仲間の数で割った分の、ランドールの分け前な」

「ありがたい。今の俺は身ひとつだからな。支度金は必要だ」


 たっぷりお金の詰まった革袋を三、四、五、とソウヤは並べていく。ランドールは目を丸くした。


「これマジで、俺の分?」

「色んなところで人助けしただろ? 塵も積もれば山となる、ってやつさ」

「これを生き残った奴らで分配した?」

「そうなってる」


 魔王を倒した際に報酬を出されていたとしたら、それについては実はソウヤは知らない。何せ倒した時に昏睡していたから。


「あって困るもんじゃない。持っていけ」

「いや、さすがにひとりで持ち運べる量ってもんがあるだろう」

「専用のアイテムボックスをひとつやる。容量無限じゃないが、ひとり旅なら、あれば便利だろう」

「便利どころじゃない、助かる! 悪いな、色々気を遣わせて」

「なあに、オレとあんた、ひとつの目的のために苦楽を共にした仲間だろ。気にするな」


 ――むしろ、十年間もまたせてしまった分、こっちが謝らないといけないくらいだ。


「ここから先はあんたの人生だが、正直、簡単じゃないと思う」


 ソウヤは神妙な調子で告げた。十年間の壁は大きい。


「あぁ……」


 ランドールは頷いた。


「で、うまくいけばそれでいいんだが、うまくいかない時は、オレらのところに来い。白銀の翼って名前で冒険者やっているし、銀の翼商会で行商もやってる」

「……」

「ここらじゃ、ちょっとした有名人なんだぜ」


 ソウヤは自嘲する。


「『勇者マニアのヒュドラ殺し』ってな」

「なんだよ、勇者マニアって! お前は勇者だろうが」


 笑うランドール。ソウヤは肩をすくめた。


「オレも、十年前に死んだことになっているからな」

「ソウヤ……」


 昏睡して失われた十年。ソウヤは外見も十年分増え、ランドールはあの時のまま。だが十年の月日の記憶も経験も一切ないのは共通している。


 いわば同志。取り残されたのは、ひとりだけではない――ソウヤの言いたかったことはそれだ。


「あんたが時間を取り戻せることを祈っているよ」


 幸運を、我が友よ。


 ソウヤの見送りに、ランドールは目頭を押さえながら笑った。


「あぁ、ありがとう。さらば友よ。しばしの別れだ。いつかまた会おう!」


 そして、かつて魔王を討伐するために共に戦った戦友は別れた。



  ・  ・  ・



「よかったんですか、ソウヤさん?」


 セイジが言い、ランドールを見送るソウヤは淡々と答えた。


「あいつの人生はあいつだけのもんだ。やりたいことをやるのが一番さ」

「そうですか……」

「不満か?」

「いや、そうじゃないですけど……」


 セイジはポリポリと頭をかいた。


「貴重な治癒の聖石を使ったのに、これといって見返りがないのが……」

「助けたから、金を払えってか? お前、案外シビアな奴だな」

「そんなつもりは……! ああ、言ってるか。すいません、僕、メチャクチャ嫌な奴でしたね」

「……まあ、とても高価で貴重な聖石だからな。気持ちはわからんでもないよ」


 普通に購入しようとしたら、数千金貨とかするレベルの品だ。たまたまダンジョンで発掘したが、そもそもレアで市場に出るものでもない。売れば大金持ち確定。しかし、それを友人に使い、ソウヤは見返りを求めなかった。


「人の命を救った。それ以上に必要なものはないだろう」


 そもそも、治癒の聖石の効果を考えれば、命を救う以外の使い道などない。


「ああいう貴重品はな、使う機会があったら、さっさと使ってしまったほうがいいんだ。宝石じゃないんだから、とっておいても仕方がない。使わないアイテムに価値なんてないだろ?」


 ソウヤの旅の目的のひとつが、アイテムボックスの中の人を救い、世界に帰すことだ。その目的を考えれば、躊躇う理由などまったくない。


「オレとしたらな、ランドールを救うことができて、少し肩の荷が下りた気分だ。もちろん、十年のブランクを考えると、それが正しかったかどうかはわからないが……」


 ソウヤは、吹き抜ける風に思わず目を閉じ、天を仰いだ。


「オレが、いつまでもアイテムボックスの中に閉じ込めていい理由にはならねえ」


 時間が止まっているボックスの中では、自分で考えることもできないし、外に向かって発言することもできないのだから。


 その代わり、もしランドールが苦境に立たされるようなら、全力で守り、助ける。それがひとつの責任の取り方だと、ソウヤは思う。


「ま、いいんじゃない」


 ミストが遥か地平線へと目を向けた。


「大事なのは、何を成したか、でしょ。金銭の額じゃないわ」

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