第8話、調理用魔道具
時間停止のアイテムボックス内には、腐らないのをいいことに、色々な素材を入れていた。
新鮮な野菜、肉、魚、その他調味料など。勇者パーティーを組んでいたソウヤとその仲間たちの旅は、保存食頼みの他の旅人と違って、まともな食事をとっていた。もちろん、魔王討伐の旅の中、火を起こせず、仕方なく保存食に頼ることもあったが。
――だが、今回は何の遠慮もいらないんだよなぁ!
ソウヤは、平らな場所に魔石ストーブを置く。中に火の魔石が仕込んである四角い鉄の箱のような形をしている。
魔石とは、魔力が多量に含まれた石であり、天然の鉱物として発見されることもあれば、魔法や特殊能力を持った魔獣などの体内から発見されることもある。この世界では、それらをまとめて魔石と呼んでいた。
――そのあたり、かなり適当なんだよな。そのくせ、魔石にランク付けとかしているのに。
魔石を仕込んだこの魔石ストーブは、コンロとして使うことも可能。アイテムボックスがあるソウヤにはあまり関係ないが、荷物を限定する普通の人にとっては、兼用で荷物数を減らせるから重宝するのではないか。
火の魔石に起動のための魔力を送ると、それらは熱を発する。
……ちなみに、勇者パーティーの時から、この魔石ストーブ兼コンロを使っているが、初めてこれを目にした仲間からは『魔石のもったいない使い方!』とケチをつけられた。
武器や防具、魔道具に魔石を使うが一般的ゆえに、こういう調理器具に魔石を使うのはおかしい――というわけである。
ソウヤに言わせれば、武具とかにしか使わないほうがもったいない、である。魔獣やモンスター退治でしこたま魔石を手に入れたのをいいことに、彼は日用品に魔石を多く使って道具を作り上げたのだった。
たとえば魔石水筒。水の魔石を含んだ筒。起動させれば、いつでも新鮮な水を出せる代物だ。飲料水の確保のために、水辺を探したり、沸かして飲めるようにする必要もなく、また長期保存によって腐るということもない。さらに洗い物にも利用できるから、とても重宝したのだ。
仲間たちが腹を下す割合をかなり減らせたはずなので、冒険を裏で支えたと言っても過言ではない。
閑話休題。
アイテムボックスから作業用の机を出し、さらに食器や調理道具を並べる。本日のランチは――
「ベヒーモス肉のステーキ!」
「待ってました!」
ミストが歓声を上げた。
霧の谷で返り討ちにしたベヒーモス、それをアイテムボックスに保存していたが、ミストと会って最初に食事をした際、その間に一頭のベヒーモスの血抜き作業もやっておいたのだ。
ちなみに、その時の食事は、ソウヤが道中で狩った大トカゲの肉。彼女がガッツリ肉食だったので、しっかり焼いた他に塩、コショウもどきで味付けして振る舞った。……ミストがソウヤの料理に期待するような急かし方をしたのは、その時が好評だっただろう。
アイテムボックス保存は冷凍しているわけではないので、下拵えのために準備をかなり省けるというメリットがある。
分厚いベヒーモス肉を愛用の調理ナイフで切り取り、さらに切れ込みを入れる。
「……」
ミストが、すごく見つめている気配を感じるソウヤ。塩とコショウもどきは、前の冒険で手に入れ保存してものをそのまま利用。しばらくはもつが、いずれは調達しておかないといけない。
下拵えが終わり、魔石ストーブのほうもそれなりの熱量になってきた。フライパンに、油をひいて、お肉の投入。じゅわっと肉が弾ける音が木霊する。
「!」
強火設定でベヒーモス肉を焼く。――あぁ、こいつは贅沢だなぁ。魔物肉というのは、きちんと調理すると美味なものも多い(もちろん、癖があるものもある)。
希少なベヒーモス肉をランチに使うなんて、使い方は正しいが、何とも豪勢である。普通に売ったら、かなりの高額商品。超高級食材となろう。
熱量を調整しつつ、じっくりと焼く。赤みの強かったベヒーモス肉が焼き色がついてくる。ソウヤはそれを観察して、いい塩梅になってきたところで肉をひっくり返した。まず強火、その後、弱めて焼く。
とかやってるうちに焼き作業終了。皿に熱々のベヒーモスステーキをトングでつかんで配膳。秘伝のステーキタレをつけて……。
「へい、お待ち! ベヒーモス肉ステーキ、特製タレ付き!」
「待ってたわ! さあ、早く食べさせて!」
ステーキの載った皿を受け取り、椅子――これもアイテムボックスに収納していたもの――に座ったミストは、ベヒーモス肉ステーキをさっそく食す。
ソウヤはその間にも次のステーキ肉を焼く。――どうせ一枚で済むはずがない。
「あぁ、柔らかいわぁ! 口の中でとろける~!」
――やたら甘い声で言うのやめてくれませんかねぇ。何かムズムズしてくる!
とは思ったが口には出さず、次のステーキを焼いていく。
かく言うミストは、すでに分厚いベヒーモス肉を半分あっさりと平らげ、幸せそうな顔で残りもモリモリ食べていく。自然と口元が綻んでいるのにソウヤは気づかなかった。
「はぁん、焼いただけでお肉ってこんなに美味しくなるのね! ワタシが今まで食べてきたものと同じ肉なんて信じられないわ。それにこのタレもいいのよ!」
「そりゃ、今までは生で丸かじりだったでしょうが」
ドラゴンさんが料理などするはずもない。新鮮といえば聞こえはいいが、ガブリとそのまま囓れば、苦いところもあっただろうし、臭みもかなりのものだったと思う。
「おかわり!」
「あいよ!」
美味しそうに食べてくれるというのは、作りがいがあるというものだ。皿のうえのステーキに、たっぷりとタレをかけるミストを見やり、微笑ましくなる。三枚目を焼きながら、腹がすいてくるソウヤである。
果たして、ベヒーモスステーキは、どんな味なのか。まだ口にしたことがないそれに期待をにじませるソウヤだった。
・ ・ ・
ベヒーモス肉は美味かった。町などについたら、商品にするつもりだったが、ある程度、個人で消費するために残しておくことにした。
ランチの後は、再び徒歩で移動。だが、徒歩旅では移動できる範囲はたかが知れている。結局、集落などには着かず、野宿となった。
やっぱり乗り物は欲しいなぁ――ソウヤはテントを背に座っていた。
今は夜。昼も曇りだったが、結局晴れることはなく、星明かりも見えないので真っ暗だ。
魔力を注ぐと発光する魔石電灯を二カ所に置いて、光源を確保。一定範囲内を防御結界で覆う魔石結界も設置済み。
たとえ、ソウヤがうたた寝しようが、本格的に寝ようが、魔獣程度が襲ってきても安全である。
なお、夜間に遠くからでも見える明かりをつけると、盗賊とか魔獣を引き寄せるかもしれないが、ソウヤとしてはむしろ襲撃を待っているところがあった。
品物確保と、街道の安全確保に少しでも寄与するため、来る者拒まずで、堂々とキャンプしていた。
ミストは昼に続き、夜もベヒーモス肉のステーキを食べてご満悦。肉ばかりで飽きないか、とソウヤは思うのだが、ミストドラゴンさんは雑食――という名の肉食なので、平気なのだと言う。
そのミストは、雨を凌ぐためのハーフテントを屋根に、すやすやとお休み中。美少女が無防備にお休みって、ソワソワする。
勇者パーティーでは、もっと人がいたから気にしなかったが、ふたりしかいない今、たとえ同伴者がドラゴンだろうが、意識してしまったりする。
欠伸が出た。男女が――と気になっていた割には、身体が休みを欲している。これは案外、あっさり眠れるやつだ、と経験から察したソウヤ。
結界石もあるから、無理に見張りをしている必要は実はない。何せ、この結界、魔王の大魔法ですら、二、三発くらいは耐えられる強度がある。故に安心して寝ることができるというわけだ。
明日は、町に着きたいなぁ――ソウヤはぼんやり考えながら、睡魔に任せ、眠りに付くのだった。
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