2-42 最深層へ

ムーベルク鉱山刑務所には極めてユニークな減刑制度が存在する。複数存在する魔鉱山採掘班には1日ごとに厳しいノルマが存在するが、それを超過しての採掘に成功するとその分だけ減刑されるのである。だが開設してから十年、この刑務所から出所したものは未だ皆無である。何故ならここの囚人は例外なく三桁や、四桁の法外な長さの懲役を強いられており、減刑されたとしてもまさに焼け石に水で微々たるものでしかなく、さらには過酷な労働環境と、瘴気、そしてダンジョンに居座る魔獣の存在によって満期を迎える前に命を落とすのが殆どなのであった──



───作業終了報告会にて



「フン! 毎日のノルマもろくに達成できないグズどもめ」


今日の採掘量を報告する囚人の各班長に、嫌味ったらしい言葉を吐くのがこのマルス刑務官の日課である。ただでさえ過酷なノルマに、毎日のように脱落者怪我·病気が出るような状況では達成する方が無理な話であり、班長達も具申したいところではあったが、囚人と刑務官という関係上諦めきっていた。


「まったくこんな優しいノルマすらこなせないなんてお前らいつまでたっても───、なっ!?」


何時ものようにイビリ倒してやろうと悪意満ちた顔が、突然口を開けたまま唖然とした表情になる。


「D班班長! な、なんだこの数字は! 桁を二つ間違えとるのではないか!?」


この嫌味ったらしい刑務官が驚く様を前にして、D班班長アルミスは満足そうに口角を吊り上げる。


「これは心外ですな~マルス刑務官殿。この採掘量はしっかと測定係の刑務官殿達によって確認された数字! 疑うなら確認してみては?」


マルス刑務官は顔をひきつらせながら、したり顔のアルミスを睨みつける。


「言われなくとも確認するわ! 今日は解散だ、明日の労務に備えてさっさと寝るんだな!!」


「お待ちをマルス刑務官!」


「なんだ、まだ用があるのか!」


恥をかかされたマルス刑務官は怒鳴りながら返答するが、アルミスはまったく動じない。


「いや~、ノルマ超過分の減刑はお忘れなくと言いたかったのと、一つ『具申』したいことが在りまして」──



───次の日、旧ムーベルク第二十九層にて


『見ろよ、あの馬鹿でかいツルハシをよ。あいつ本当に俺たちと同じ人間かよ······』


『昨日は一人でトロッコ押して地上まで上げていたぜ。十人がかりでも精一杯だっていうのに』


『俺なんか昨日、魔獣を殴ったら風船のように破裂させるのみちやったぜ』


『あんまりにもノルマの超過の減刑が大きすぎて、今月中にもD班の班長ですら出所するかもって話だぞ·····』


口々に流れる噂の中、当の上半身裸の本人は無数の大粒の汗を流しねがら自身の身長以上あるツルハシを使って一心不乱に鉱山の壁を掘り進むが、


「チッ····。また壊れやがった」


ポッキリと極太の柄の部分がへし折れたツルハシを『シュラハト』ことダリルは忌々しい表情で見つめる。


その肉体は刑務所に来る前よりも迫力を増しており、顔色もすっかり色艶かに変わっていた。瘴気溢れる鉱山での作業を初めてから早二週間、どれ程体力自慢の囚人なら疲労と瘴気中毒で別人のようにやつれる筈であるのに、ダリルだけが逆を行っていた。


それからというものダリルの働きときたら正に百万馬力ッッ!! 掘ってヨシ、運んでヨシ、屠ってヨシ魔獣駆除の三拍子揃ったダリルの活躍によって、D班の成績はうなぎ登り状態であった。


ともあれレバンナ戦での負傷も完治し、本来の責務帝都に手紙を届けるに戻るのが道理であるが、ダリルはこの刑務所の、否、このムーベルクダンジョンでどうしても成し遂げたいことがある。


「シュラハト! 聞いてくれ、遂に許可が降りたぞ!」


年甲斐もなくアルミスはゼイゼイと息をきらしながらダリルへと近寄ると、その手に持っていた紙を目の前で広げる。


「見ろ、所長のサイン入りだ! これで、未踏の深層へと行けるぞ!!」


「やるじゃないかアルミス、後は俺に任せろ」


ハイタッチする二人。そう、二人は各々の理由があって古の勇者達ですら踏破出来なかった最深層へと向かおうとしていた。



───所長室にて


「一体どういうことですか所長!!」


金切り声を出しながら嘆願する部下のマルスを前にして、所長は鬱陶しそうにため息をつく。


「一体とは何のことかねマルス刑務官?」


「とぼけないで下さい所長! 労務監督官である私を差し置いて、貴方が勝手にD班に最下層開拓の許可を出した件ですよ!」


マルスの剣幕は激しく所長の若い女の秘書は肩を震わすが、当の本人はのらりくらりとして意に返さない。


「なんだそのことかぁ、別にいいじゃないか私は君の上司だぞ?。それに深層に行けば行くほど、大量で高純度の魔鉱石を手に入れることが出来るしな」


「それが問題ではありませんか! このままではD班のノルマ超過による減刑は更に進み、我が刑務所史上初の出所者を出すことになります。···それは『あの方』の意にそぐわないのでは?」


『あの方』という曖昧な表現が口から出た瞬間、所長は秘書の女にアイコンタクトで退出を促す。その顔はさっきまでの昼あんどんのような態度は鳴りを潜め、捲し立てていたマルスも思わずその威圧感に唾を飲む。


「······部外者秘書を前にして迂闊だぞマルス刑務官? だが、『あの方』への配慮と忠誠心は流石と言ったところだな」


だからこそでは!? と、マルスは言いたかったが所長は反論を許さないかのように語気を強める。


「が、しかしだ!! ·····この決定は『あの方』、つまりはオーナー大番頭の意向でもあるのだよ」


オーナー大番頭がですか····ッ!?」


マルスは言葉を詰まらせ、紅潮していた顔は一気に青ざめる。反論の余地はもう無く、強面の男は借りてきた猫のように大人しくなる。


「·····まぁ、そう言うわけだ。優秀な君なら分かっていると思うが、オーナー大番頭あってのこのムーベルク鉱山刑務所だ。あの方が私達を操り人形呪術魔法にしないのも、信頼関係があってのことで、仮にそれを喪えばいつでも囚人達のようにオモチャ実験台にそれてしまう。それだけは肝に銘じておくようにな」───



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