2-29 リベラシオン

「は?」


豹変したレバンナと、突拍子もない提案にダリルは怪訝な表情を浮かべる。


「は?、ではないよ『バーゼ』くん、私は今猛烈に感動しているのだよッ! 参の太刀のみならず、伍の太刀すら破ったのは君が始めてだ。君もオストライン臣民なら、その武威をもって我ら神器使いと共に帝国に仇成す輩を打ち倒そうではないかッ!!」


冷徹な雰囲気は鳴りを潜め、レバンナはまるでどこかの新興宗教の勧誘のように熱弁する。


「頭の打ち所でも悪かったのかな?」


困惑するダリルの一言に、レバンナはやれやれとため息をつく。


「私は至って真面目で正気だよ『バーゼ』くん。君の神器使いをも圧倒する超暴力は大祖国オストラインのために使うべきだと言っているのだ。無論、今宵の粗相も大目に──」


「断る」


ダリルは即答し、話を続ける。


「さっきも言っただろ、アンタの顔が気に食わねえてな。だからお前に対する返答は全てNOだ、元気があるならさっさと続きをやるぞ」


あまりに理不尽なダリルの理由に、レバンナは言葉を震わせる。


「····ここまで礼を尽くしても無下にし、本心を語らないとは実に救い難し·····ッ。しかし良いだろう、そんなに視たいのなら魅せてあげよう。だが──」


「!?」


ダリルは危機を直感し、後ろへと大きく後退する。全てを飲み込む大津波が押し寄せる前に海水が沖へと引いていくが如く、レバンナの体を中心点として急速に大気中のマナが引き寄せられるような感覚にダリルは覚えがあった。


(ゾルトラの『戻り』と似てる·····?)


甦る苦い敗北の記憶、それを振り払おうにも誰よりもその時の痛みと絶望を覚えているダリルの細胞一つ一つが震え止まらない。


止まらぬ脂汗、嫌でも高まる鼓動、荒くなる呼吸。ダリルの本能が今すぐ逃げ出すよう全力でアラートを発するも、理性と勇気をもってダリルは踏みとどまる。


念願の『神器使い』闘えるが故に、『虐殺勇者』と同じ顔をこの男を否定するために──


しかし──


「──うっかり死ぬんじゃないぞ?」


瞬間、過去に聞いたことのある言葉と屈託のない笑顔を放つレバンナにダリルは致命的なまでに動揺してしまう。そして──


「『リベラシオン』ッッッッ!!!」


掛け声と共にレバンナが発する超圧縮されたマナの奔流に部屋の椅子を、食器を、テーブルを、そしてダリルも含めた人間達を吹き飛ばす!!!


「チッ!」 


「きゃっ!」 


ダリルは棒立ちのクレイを抱えると、屋敷の外へと脱出する。地上へと着地し、振り返ると総督府の4階以上の建造物は悉く破砕されていた。


「はッッ! ベロニカ!?」


「····無事だよ。お前、こいつを取り戻しに来たんじゃないのか?」

 

思い出したかのように呟くダリルの後ろには、鼓膜を破るほどの爆音にも動じずトロータの腕の中でイビキをかきながら爆睡するベロニカがいた。


「あの野郎、許可もなしに神器を解放しやがって。どうする、手をかそうか?」


トロータの提案に、ダリルは首を横にふる。


「ナイスアイデアだが、アンタは腕の中の女とそこの銀髪の女を安全な所まで連れて行ってやって来れ」


「俺をパシりに使うなんて高くつくぜ?」


「後でいくらでも払ってやるよ。生きてればの話だがな·····」


「ちょ、あんた達なにカッコつけあってんのよ! こっちにも神器使いがいるんだから頼れば良いじゃない! 一緒に闘うとか、話し合いで穏便に済ますとか──、きゃっ!!」


ダリルの暴挙を止めにかかろうとするクレイであったが、トロータの肩に担がれ阻止される。


「よっと! 分かってくれよ銀髪のお嬢ちゃん。男てのバカな生き物でな、負けるのが分かっていても、死んでしまう可能性があっても、逃げずに意地張らなきゃならん時があるんだよ」


「ハァ、意味わかんないですけど! だってあの二重人格男に何か酷いことされた訳じゃないし、因縁ある訳でもないじゃない! てか何どさくさに紛れてお尻さわってんよ、ヘンタイ!」


「悪いが俺のストライクゾーンは熟したマダムだ。まだションベン臭い、アンタらガキ二人には興味ないぜ!」


「キー! アンタの性癖なんてどうでも良いのよ! さっさと、一緒に逃げるわよ『バーゼ』!!」


逃亡を促すクレイに対して、ダリルはポーチを無言で差し出す。


「な、何よ」


「ベロニカが目を覚ましたらこいつを渡してくれ。頼む」


「良いの? そりゃあ、預かるけどこの子にちゃんと渡す保証なんてないわよ」


クレイは少し嬉しそうに笑いながら、今度こそ離さんと云わんばかりにポーチを両腕でぎゅっと掴む。


「渡すさ、お前は俺たちに協力『したがる』筈だからな。·····それと、『バーゼ』というのは偽名で俺の本当の名は『ダリル』だ」


「なっ!?」


突然の告白に二人は驚きの表情を浮かべる。ここオストラインにも戦場伝説は伝わっていたのだッ!! 三年前、魔王軍10万を単身で退け『悪鬼』ゾルトラすら屠ったと云われる、『鬼拳』の伝説がッッ!!


「······なるほどね、どうりで『鬼拳』サマ相手じゃ分が悪い筈だ。ダリル、今回は不完全燃焼で終わっちまったが次に戦場で合間見えた時は、俺も最初から神器を解放してから全力で闘うッッ!! だから、レバンナごときに殺されんじゃねぇぞ?」


今宵逢ったばかり、されど濃厚な拳でのコミュニケーションで友となったトロータからのエールに、ダリルは笑いながら頷く。


「ちょ! アンタが『鬼拳』なら── ぎゃっ!」


クレイは何かをダリルに語ろうとするが、トロータが二人を抱え戦場を離脱したことで叶わなかった。


そして半壊状態の総督府を前にして残されたのは──


「·····さて、どうすりゃあいいもんかね」


『鬼拳』ダリルと、


「快挙だぞ、お前が初めてだ。国でも軍隊でもない······、神器使いが個人相手に『リベラシオン』を使わせたのはな······ッ!」


神器の力を解放し、鎧と人体が融合した悪魔と見間違うほど恐ろしい姿のレバンナのみッッ!!──

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