2-9 銃声

フランシアの最東部に位置する国境の町アルザーヌ。魔王軍支配下のエベリア地方と接している西部とは違い、この町は戦乱とは無縁で平和かつ活気に溢れていた。


だが、それもここわずか数年での話。かつては、ここアルザーヌこそがフランシアにとっての主戦場であった。


そう、今や同盟国の没落した超大国『オストライン帝国』との紛争地域だったのである。


フランシアに比して国土は10倍、人口は推定5倍もの国力差を誇っていたオストライン帝国は西方世界において絶対無二の超大国として振る舞い、周辺国を事実上衛生国として扱っており、国境を接していたフランシアもその例外ではなかった。


だが、50年以上前の後継者問題から端を発した継承戦争の勃発は国内を分裂させたばかりではなく、死にかけの獲物に群がるハイエナの如く国外の有力勢力の干渉を招いてしまい、多くの国境領土を強奪されてしまうことになる。 


その一つがオストライン帝国領アルザーヌなのである。フランシアはオストラインが内紛で疲弊していると察知するといなやこの町を占領、無論オストラインもその横暴を指を咥えて眺めている筈もなく、奪還すべく十二回にも及ぶ国境紛争がこの地で繰り広げられたが内戦で国力を激減させたオストライン相手に悉くフランシア側が勝利。


その後両国は利害の一致と平和を望む両君主の尽力あって同盟関係となったが、この地を巡る帰属問題は決着しておらず、今現在も火薬庫であることには変わりなかった。



───アルザーヌ政庁舎の一室にて


「そう、『鬼拳』は順調に回復しているのね····」


回りにいる複数のメイド達が忙しく綺羅日やかなドレスを鏡の前に立つカルミアに装着させている間に部下の報告を聞いた彼女は呟く。


「一応警護を継続するように。もっとも、あの男には不要かも知れないけどね」


目を配ることもなく部下に指示を送るカルミアの表情どこか上の空であり、彼女には珍しく緊急しているようにも見えた。


それも当然、あと一時間後に開かれるフランシアとオストラインの親善パーティーには政治的に重要な意味合いがあった。


『フランシア領』アルザーヌにて、オストライン帝国のゲーラ外務卿を筆頭とした複数の政財界の重鎮を招いてのフランシア政府主催のパーティー····· 


正式な書面は交わすことはないが、それ意味することは唯一つ。事実上、オストラインがアルザーヌの領有を放棄すること他ならなかった。


「おぉ!! なんという美しさ!! 才色兼備とは正にカルミア様のために存在する言葉ですな!!」


白々しいほど芝居っ気たっぷりの声で称賛を叫ぶ男。カルミアが後ろを振り向くと、これから繰り広げられる政治劇のもう一人の主役、派手な赤色燕尾服に身を包んだゲーラ外務卿が大げさな表情を作り見つめていた。


「ホホホ、相変わらず世辞がお上手ですねゲーラ外務卿」


「何を仰っております!! 不謹慎ながらこのゲーラ、皇帝陛下とジーク皇太子殿下に今、猛烈に感謝しております!! お二方が御体調優れず、欠席された陰でこのような女神と代理として共に歩む名誉を得られるとはッッ!!」


そう言いながらゲーラはカルミアの元に近づくとひざまづき、右手の甲に接吻する。


本心読めぬ道化じみたゲーラの態度にカルミアは心底吐き気をもようしていたが、胸中とはまるで正反対の満面の笑みで返礼する。


3日前の謎の黒衣集団によるダリル襲撃及び王宮爆破事件。当の実行犯達が自爆したため、動機や背後の組織の特定は難航していたが、カルミアはこのゲーラこそが首魁だと睨んでいた。


理由は実にシンプル。国内中に張り巡らせた秘密警察をもってしても、まったく実行犯達の動静を掴めなかったからであるッッ!!


(この大根役者め····· 貴方が外交特権の荷物検査免除を盾にして、荷馬車に実行犯達を忍ばせておいたのでしょ? 狙いは混乱に乗じた、アルザーヌでの親善パーティーの阻止かしら?)


故にカルミアは事件を荒立てさせなかったッッ!! この狡猾な外務卿の狙い通りに、ゲーラ自身を追及してしまえば外交問題に発展し、親善パーティーが中止になるのは必然である。


(分かっているのよゲーラ外務卿? 貴方は最後までフランシアとの同盟に反対していた超タカ派で有ることはね···· でも残念、私はどんな火の粉も振り払い、今日の親善パーティーは絶対に成功させる·····ッッ!!)


内に秘めたる信念も圧し殺し、カルミアはゲーラとともに迎賓館に向かうカブリオレ型の馬車へと乗る───



『キャー、素敵! カルミア様、ゲーラ外務卿!』


『フランシア万歳! オストライン万歳!』


『両国の友好、永遠なれ!』


沿道に集まった人々は興奮した面持ちで両国の国旗を振り回し、二人に祝福の言葉を投げ掛ける。  

  

長年戦場となっていたアルザーヌ住民だからこそ、両国首脳が同じ馬車に乗り同じ目的地に行く様を感慨深く眺め、争いの時代は終わり融和の時代の訪れに胸を高鳴らせた。


そしてゲーラとカルミアも民衆の希望に答えるかのように手を振り笑顔を振り撒く。


「はっはっはっ、まるでバージンロードで祝福されている気分ですな!!」


ゲーラは上機嫌に笑いながらカルミアの方に肩を寄せる。


「オホホ、ゲーラ外務卿は相変わらずご冗談がお上手いことで」


舌打ちを何とか我慢し、精一杯の笑顔を作るカルミア。だが、ゲーラはそんな我慢をしている彼女を挑発するかのように顔を覗き込み薄気味悪い笑顔を浮かべながら小声で囁く。


「·····カルミア様、実はジーク皇太子殿下より秘密の伝言があるのですが、お耳を御借りしても宜しいでしょうか?」


「? ええ、よろしいですよ」


許可を得るとゲーラはカルミアの右耳に唇を近づけ、何かを耳打ちし始める。


「───────」


また下らない美辞麗句、カルミアはそう思っていたが───


「ッッ!?」


ポーカーフェイスで涼しく凛々しい表情を保っていたカルミアの顔は、急速に驚愕と動揺の表情に曇り始め───


「貴様、何故それを───」


ゲーラを激しく尋問しようとするが、それは聞き慣れない青年の怒声によってかき消される──


「神聖なるオストラインの土地を売り払った売国奴のゲーラ!!! 覚悟ッッッッ!!!」


沿道から警備の隙をついて馬車の前に飛び出した義憤に駆られた青年はピストルを構えると、その『標的』に狙いを定め───


───パンッッ


西方世界の運命を変える、『一発目』の乾いた銃声を鳴り響かせた───

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