1-20 神が宿りし者

(な、何故だ!! 何故『呪印装術』で再生しない! 何故マナを練ることが出来ないッッ!!!)


破勁が直撃したギレムはまるで自身の体が内部から爆発したように無数の傷から血潮を吹き出し、地面の上でもがき苦しんでいた。


「....何だ、まだ生きていたか....必殺の技を見せてやると偉そうな事を言ったが、俺もまだまだということか」


ダリルは既に視界のみらず触覚と聴覚を一時的に失っていたが、嗅覚を頼りに止めを刺さんとギレムに足音をたてながら接近していた。


「あ...あ....あぁ.....」


この時ギレムは思い出していた、恐怖を....敗北の感情を──


「た、たすけ──」


瞬間!! 体中の魔方陣が赤黒く輝き始めギレムは異形の『それ』を目撃する!!


(? 奴の魔法が解除されただと?)  


何故か視界が戻ったダリルが最初に目撃したのは、ギレムが天を仰ぎながら両目を限界まで開き酷く怯えている様子だった。


「く、来るなぁぁぁぁぁ!! 俺はまだ何も証明出来ていない! 俺はまだ何も成し遂げられていない!!!まだ、俺は──あ....」


まるで時が止まったのかのように男の震えが収まったと思ったら──


「ああああああああああああああああ!!!!!」


突如全身から魔方陣と同じ色の炎が沸き上がり、衣服を残して文字通り跡形もなくギレムは

燃え消えたのであった。


「....何なんだ、一体」


「自分の負の感情に連れて行かれたのさ、この世でもあの世でもない場所にね....」


振り向くとそこにはさっきまで軽口ばかり叩いていた人物とは思えないほど真剣な表情でダリルを見つめているプルムがいた。


「知っていること全部話して貰うぞ....」


「....勿論さ、『神が宿りし者』よ──」




──同時刻、メッサより遥か西、魔王軍本陣にて





有象無象のゴブリン、オークと少数ながら圧倒的存在感を誇るゴーレムとゴリアテ族等がひしめくなか、その人物は軍勢ど真ん中の大きな仮設のテントの中にいた。


大層な装飾品が散りばめられた玉座にふんぞり返る白髪の男子かと思えば女子のようにも見え、大人かと思えば子供のようにも見える人物が一匹の怯えるアルザーヌでの指揮官ゴブリンを見下していた。


「ねぇ、君なんで逃げようとしたの? 普通、異常事態が起きたら報連相するのが常識でしょ? わざわざ君を探すために人手をさいて転移魔法を使ってまでここに来たんだから納得のいく説明をしてよね」


「も、申し訳ございません『魔王』様ッッッ!!!無論、本隊と合流しようと考えたのですが人間達の追撃をかわすので精一杯でありまして!!」


そう! この人物こそが魔族の象徴にして守護者!! 魔王のその人なのであるッ!!


「ふ~ん、追跡部隊の報告だとこことは反対の東の隣国まで逃げてたらしいけどそこまで追いかけて来たのか~、わざわざとるに足らないゴブリン一匹の為に」


魔王の威圧的な眼差しと嫌疑を掛けられている事実に、ゴブリンは大粒程の汗を無数にかきはじめたが──


「ま、いいや! そう言うことにしてあげるよ。それよか聞かせて欲しいなぁ、そのエルヒガンテを倒した男の話」


「と、とても筋骨粒々の若い人間であり信じなれないほどの強度を誇る身体強化魔法の使い手でありまして──」


「そうじゃなくてさ! なんかこう~ 変わった様子がなかったかな、体に『魔方陣みたいな痣』が出てきたとかさ!」


「い、いや....私が見た限りではそのような変化は特に....」


「そっか~....もう、今日は下がっていいよ。明日に備えてしっかり休んでね」


「は、はは! それでは失礼致します!」


そそくさとテントを後にするゴブリンを見届けると魔王は後ろにいるやたらエロい格好をしているサキュバス族の秘書に指を鳴らし語りかける。


「Hey、アネモネ! 急で申し訳ないけどさっきの彼の為に明日迄に盛大な処刑台を用意してくれないかい? 罪状は『敵前逃亡』と言うことで!」


「おーおー、怖いねえ。お咎めなしかと思えば殺しちまうのかよ」


別の入口から入って来たのはさっきのゴブリンとは打ってかわって堂々たる体躯と、強者独特のオーラを纏う───


「ゾイトラさん! 帰って来たんですね! お仕事お疲れ様です!」


「全くだ、つまらん仕事押し付けやがって。何で俺がアルビオン王国の『特使』なんかに。それよか他の四天王は?」


「ん~、ゼラは寝返った勇者達の調教にどハマり中で、ドラクは休眠中でうんともすんとも言わず、アレウスさんは何時も通り絶賛迷子中で音信不通だよ!」


「相変わらず適当な野郎共だな! 結局来たのは俺だけかよ!!」


「頼りになるのはゾルトラさんだけですよ~で、肝心の仕事の首尾の方は?」


「良いに決まってるだろ。あいつらもフランシアの一部国王直轄領割譲を条件に中立を決め込むそうだ。ほれ、これが条約証書だ」


投げ渡された証書を受け取った魔王はその中身をフムフムと読み始めた。


「しかし良かったのか? フランシアの次は北のアルビオンに攻め込むつもり何だろ」


「何を言ってるのゾルトラさん。こんな紙切れなんの価値があるというの?」


そう言うとさっきまで読んでいた条約証書を燃え盛る明かりの松明の中にあっさりと投げ捨てた。


「ほんとフランシアの地方貴族や辺境伯とかもそうだけど馬鹿だよね~ 交渉てのは対等な『力』を持つ物同士だからこそ成立するのに、ちょっと口が上手いからって勘違いしている奴等ばっかりだよ。もっともアルビオン王国の連中は時間稼ぎ程度だと考えていると思うけど、これでフランシアとアルビオンという西方世界における二大国の連携を阻止する事ができたよ」


「ハッ、そういうことかよ! 相変わらず信義もへったくれもねえな」


若干罵倒されているのにも関わらず、全力どや顔の魔王に秘書のアネモネが申し訳なさそうに語りかける。


「....魔王様、ご報告したいことがありまして....」


「何だいアネモネ。食事の誘いなら何時でもOKだよ!」


「いえ、そんなことではなく。ゴリアテ族のエルヒガンテ様ですが先の戦いの負傷で戦線を離脱したいと仰っていますがどうしましょうか...?」


「もちろんOKだよ! 彼は今まで沢山の功労を重ねて来たからね。後で見舞いの手紙書くから持って行ってね! あと、そんなことだとは心外だな....」


「....ほう、エルヒガンテのジイさんをそこまで追い詰めた奴がまだフランシアに居るとはな....剣聖か? それともブレイドか?」


魔王はニヤニヤしながらゾルトラの顔を覗き込む。


「! まさかダリルの野郎か!」


「正解! 凄いよね彼、ゴリアテ族の英雄をも倒すなんてね!」


「そうか....あの野郎、重症負わせてやったがそれでもやりやがったか....!」


まるで自分の子供の活躍を喜ぶ親のようなゾルトラを見て、これなら許されると思った魔王がねだるように話しかける。


「....ゾルトラさん。 僕、その子に会ってみたいんだけどいいかな?──」


瞬間! ゾルトラは強い殺意を魔王に向けるッッ!! その強さときたら、近くにいたアネモネや兵士達が体調を崩すほどであるッッ!!!


「....『フレイア』、お前は曲なりにも全魔族の頂点である魔王だ....だから俺は悪戯にお前の面子を潰すようなことはしてこなかったが、もし、もしもだッッ!! 人様の獲物を横取りするようなら容赦はしねえからな....いいか? 忠告はしたぞ」


そう言うとゾルトラはテントを後にし、魔王は険しい顔をしながら再び王座にふんぞり返る。


(う~ん、これなら黙って会いに行った方が良かったかな? しかし、これ程の短期間で魔族でトップクラス実力者であるゾルトラさんとエルヒガンテを倒せるほど強く成っているということは、いよいよ彼が三人目の『神が宿りし者』である可能性があるんだよな~しかも、あの『ラウ』と師弟関係てのも気になるし....でも、ゾルトラさんに牽制されちやったしな~)


悩み抜いた魔王は遂に画期的な解決方法を発見するッッッッ!!


「ま、いいか。皆に黙って会いに行こう!」

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