第125話 ギアの動揺

 ノアは考える。


 自分の知るギア・ララド・トップスティンガーという男。


 彼は平凡な人間だ。 ただ、英雄というものに固執している。


 それも幼少期に母から聞いた英雄譚に憧憬を持ち、この世界の男なら一度は通る憧れを――――英雄への狂信的な信仰へ昇華させている。


 それがギアを突き動かす動機……つまり、彼はカッコよくなりたい。


 カッコよくなりたいという平凡が願いが狂気を帯び――――メサイアコンプレックスのようであり、より危険な立ち位置へ彼を誘う。


 そんな彼が、ヒロインたちと出会い――――本物の英雄として駆けあがっていく。


 だが、それは1年後に始まる物語のはず。 


 1年後に開始されるであろう『どきどき純愛凌辱シリーズ 魔法学園のエッチな私たち』の物語。 その主人公たるギアのメインコンセプト。


 今のギアは……いや、彼が力を得たからこそ、この世界の主人公になり得たのか?


 それとも、力なき彼も世界に影響を与える何かを有しているだろうか?


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 そんなギアは激しく動揺している。


 ノア・バッドリッチ 


 ルナ・カーディナルレッド


 ランペイジ・アルシュ


 ミネキリ・エリカ


 彼女たちはギアに取って憧憬の対象。


 いずれ、世界が彼女たちの存在を知るだろう。


 その英雄譚へ自分が参加する。 その興奮がどれほどだったか? 誰が理解できよう。


 だから、彼は彼女に――――


「――――」


「あぁ、そりゃそうさ。機嫌も悪くなるさ」


「――――」


「見込み違いって奴さ。彼女たちは困難に立ち向かっていく。そういう存在だと思っていた」


「――――」


「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。……本当は、俺だってわかっていたんだ」


「――――」


「うん、そうだ。まだ俺は……」


 周囲に誰もない。その時だけの彼女との会話。


 しかし、彼の精神は乱され警戒を怠っていた。


「……貴方は一体、誰と話しているのですか?」


 完全な不意打ちとして声をかけられた。


「誰だ!」と彼にしては珍しい怒号めいた声。


 しかし、振り返っても声の主は見当たらない。


「誰だ……どこから、見ている?」


「ここですよ」と声は上から降ってきていた。

 

見上げるギア。 彼は、そのまま硬直する。


 天井にメイドが立っていた ・・・・・


 二本の脚だけが天井への接地面。 それでどうやって?


 スカートや髪が重力に逆らっている。


 一体、どんな原理が働いているのか? 考える事すら無駄だろう。


 メイドは――――彼女は――――バッドリッチに使える従者。


 あらゆる暗殺術に精通した対暗殺者カウンターテロのプロフェッショナル。


 メイドリーがそこに立っていた。


 反射的にギアは腰に手を伸ばす。 学園内の帯刀は、一部で認められているが……彼は無手。 


 ……そのはずだった。


「高度な隠蔽術で剣を隠してますが……それは私の本分です」


「――――ッ!」とギアの額に汗が流れ落ちる。 追い詰められている。


「どうします? 抜きますか? 抜いたら、言い訳はできませんよ」


 挑発。 その証拠にメイドリーは笑っていた。


 ギアの顔から表情というものが抜け落ちていく。 覚悟を決めた者の顔だ。


 そして彼は――――白刃を煌かした。


「剣を抜きましたね。 ならば私が破滅へ案内いたしましょう」


 不快とも言えるメイドリーの笑い声がギアの耳に届く。

 


 

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