第97話 師弟の塔手
塔手
中国拳法で使われる組手の一種。
同じ構えで、差し出した腕を重ねてから始める。
日本の柔道や合気と同じで中国拳法の多くは、武器の使用を想定しているかららしい。
昆や槍の戦い。 刀で言う鍔迫り合いの状態になった時、相手の武器を奪う……あるいは逆に奪われるのを防ぐため。
そのため、手首を極める関節や少ないモーションでの投げ。無論、八極拳最大の武器である至近距離の攻撃も有効とされる。
だから――――
(最初に動くの格下の自分。それが仕来りだから!)
最初に動くのはノア。 書文の胸へ肘を叩きこむ。
八極拳の肘。その実、肘打ちではなく体当たりである。
体当たりであり、その当てる場所の先端が肘となるのだ。
八極拳独自の強烈な踏み込みもあって――――
(当たった人間は吹っ飛ぶ。必ず!)
――――そのはずだった。
この時、ノアが肘から感じ取ったイメージは、
(壁! それも柔らかく包み込まれて――――衝撃が吸収されている)
「ほう……見事だ、ノア。功夫を重ねたな」
その書文の言葉。 誉めているように聞こえるが……それは弟子ではなく好敵手と認めている。
ゾクリと寒気が全身に走り抜けていく感覚。
「――――ッ!」と恐怖に襲われたノアに書文はこう告げた。
「では、次はこちらから――――」
まるでそれは死刑宣告。
その恐怖に「させません!」とノアは師の言葉を遮り、さらなる攻撃を続ける。
選んだのは投げ。 書文の手首を掴んでからの合気的な投げ。
(投げた!? あの李書文師匠を!)
ある意味では恐れ多い行為。 膨大な多好感と恐れが同時にやってくる。
だが、すぐにその間違いに気づく。
投げられたのではない。
ノアが投げるために使った力の流れ。それを先読みして、先回りして、自ら地面に横になった。 それがあまりの早業でノアにも自身が投げたのだと錯覚したのだ。
(けど……なぜ、先生は自ら地面に?)
書文は仰向けになった体勢で腕を伸ばす。 パシッと音がして、ノアの足が掴まれた。
その場所は膝裏。 書文は頭を軸に体を刎ね起こすと同時に横回転。
(か、回転しながら足に絡みついて行く、この動きは――――イマナリロール!)
近代総合格闘技における足関節を取る事のみに特化した者が得意とする動きだ。
体を巻き付かれた足。 倒れたらすぐさま足関節が極まる。
腰を落として、防御の姿勢を取るノア。
「うむ、流石に付け焼刃の技は通じぬか。ほれ!」
あっさりと技を外すと、寝た状態からの蹴りを1つ。
その蹴りも馬鹿にはできない威力が込められ小柄なノアの体は僅かであるが、確かに浮遊した。
(――――っ!? まるで馬の蹴りだ)
恐ろしいのは、その蹴りも自身が立ち上がるまでの時間を稼ぐために放った程度に過ぎない。少なくとも書文にとってはそうだ。
再び向かい合い、腕を合わせる両者。
深い、深い呼吸を1つだけ――――決着はいとも簡単についた。
「フン」と軽く―――それでも高速で放った書文の技は平凡な突き、すなわち冲捶。
基礎、基本の突き。 ただし、達人とも言われる書文の冲捶は、もはや別格ともいえる。
「え?」とノアは打たれてたから、初めて技を撃ち込まれていた事に気づく。
「い、一体、いつの間に――――」と膝から崩れ落ちて、
塔手、再会の挨拶代りとして行われた組手は終わりとなった。
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