第86話 アルシュ先輩の???

 「魔剣 『パターン 概念武装』 『カテゴリー 炎』


 アルシュの剣は炎を纏う。 だが、それは本物の炎ではない。


 『概念武装』


 炎という概念を剣に付加させる。 


 つまり――――近づく者に熱を、斬られた者に、火傷を負わす。


 誰もが炎に持つイメージを付加させる。


 そりゃ、そうだ。 ここは魔剣研究部。


 全国大会が行われるほどに人口の多い競技であり、相手のアルシュは全国優勝者。


 より、彼等の戦いは実戦的よりも競技的に――――『武』ではなくスポーツ化している。


 そんな彼らは、当然ながら魔剣に本物の炎や氷を付加させない。


 なぜなら、アスリートとしてのコンディションが下がるから。


 真夏、炎天下で本物の炎が付加させた剣で戦う?


 冬場に冷気を放つ剣を振り回す?


 そんな事をしたら、体の身体能力が十分に発揮できないではないか。


 そもそも、燃えた剣で相手を斬りつけたとして、どういう効果がある?


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


「ところでノアちゃん、剣道3倍段って――――」


「――――」とノア。


「集中しすぎて話を聞いてないね。 いいよ、その極まっている感じ。僕は君の事が好きみたいだ」


 愛の告白にしか聞こえないセリフだが、それもノアの耳には届かない。


 だが、周囲の部員たちが起こす騒めき。 その空気が変わる感覚はノアには通じる。


 しかし、勢いのまま飛び掛かるわけにはいかない。 


 概念武装。 持ち主であるアルシュには、その炎の影響はないが、敵であるノアは本物と違いない熱風が送られ、体力を消耗させる――――否。


 体力の消耗だけではない。 原始の記憶、野生動物が炎を怖がるように本能に刻まれた炎への恐怖感。


 それがノアに二の足を踏ませる。


 だが――――それでも前に出るのがノア・バッドリッチだ。


 「ここ!」とカウンターのタイミングを狙ったアルシュ。


 横薙ぎの一撃。


 それが当たらない。 アルシュが必ず当たると確信していた斬撃は宙を切る。


 回避。まるでノアの体を擦り抜けたと錯覚する紙一重の間合い。


 その隙、間合いは拳戟へ。 


「フン!」と拳を振るうノア。


「間に合え!」とアルシュは剣を両者の間に滑り込ます。


 その結果――――寸止め。


 アルシュの剣はノアの喉元で止められ、ノアの拳はアルシュの胸元で止まっていた。


「……引き分けですね」とアルシュ。


「まさか、本物の剣なら殴ると同時に私の首は飛んでいましたよ」とノア。


「ふふっ……最後に手加減してくれたでしょう?」


「いえいえ、実力です」


「まぁ、そういう事にしておきましょう」


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


「う~ん、困ったなぁ」とノア。


「見学に来ただけのはずなんだけど……入部が決まった雰囲気になっている」


 あの後、部員たちの拍手喝采で迎えられた。


「アットホームな雰囲気だったけれども、ダメダメ!騙されたら! 全国優勝した部活に戦力として期待された入部なんて――――地獄だよ!」


 ノアは女性更衣室に入り、独り言としてはボリュームの大きい声を出していた。


「そう言えば……いつの間にか、女性更衣室やトイレに入っても違和感がなくなったなぁ」


 そう呟きながら、裸になりシャワーで汗を流し落とす。


「ノアちゃんって、そういう女性って枠に入れられるのを嫌うタイプなの?」


「え? いや、そういうわけじゃなくて、実は私は――――ってアルシュ先輩! どうしてここに!」


「いや、どうしてって僕もシャワーで汗を流そうって思ったから」


「だって、ここは女性更衣室……ってあれ?」


 ノアの目前には全裸のアルシュ先輩。 その姿は――――女性だった。


「ん~ 僕は男装していた覚えはないのだけど? ちゃんと制服もスカートだっただろ?」


「失礼、よく見てませんでしたわ」


「……酷いね。でも、まぁいいよ。次は間違わないでね、ノアちゃん」


 一体、いつの間に『ノアちゃん』と呼ばれるようになっていたのだろ?


 そう思っていると、アルシュ先輩はノアの肩を叩いた。


 ポンポンと優しく。それが、どこか――――セクシャルで――――


 急に肩を強く抱きしめ、ノアの体を引き寄せたかと思うと、アルシュ先輩はノアの耳元に口を近づけて――――


「今日の所は、これで我慢するけど……また、明日も来てくれるかな?」


 ゾクリとノアの背筋に寒気は走った。 


 まさか、「いいとも!」と即答するわけにもいかず、パクパクと口を動かすノア。


 直後、思い描いたイメージは捕食者的なアルシュ先輩の姿だった。

 

 

 

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