第85話 ノア対魔剣使いのアルシュ

 魔法使いは杖を使う。 それはなぜか?


 それは魔力を使用するための媒体。 つまり、杖を使う事で、威力増加、無詠唱、発動速度……ついには、大規模な儀式が必要な魔法ですら杖のみで行使するまでに進化を遂げた。 


 それが杖である。 


 無論、それすら邪道をして杖を使用せずに魔法の根源に迫ろうとする『自然派』と言われる流派もあるが……それは、また別の機会に話そう。


 ならば、魔剣とは?


 魔剣は杖の代用である。 


 より攻撃へ、より戦闘へ特化した杖の進化系が魔剣なのだ。


 剣を振るい、剣を避け、剣を突く。 


 剣を用いた戦闘とは人間が持つ反射神経の限界に挑む戦いでもある。


 高速戦闘に魔法の選択肢を――――


 無謀とも言える先人たちの鍛錬は、やがて花を咲かすまでに至る。


 魔法使い同士の戦闘とは、魔法の撃ち合い。


 しかし、魔剣使いの戦闘は魔法を徹底的に弾き、接近戦で一太刀を浴びせる事にある。


 戦争に大きな成果をもたらす魔剣使いたちを無視する事はできない時代になった。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 「食らえ!」とアルシュは剣を振るう。


 だが、そこにはノアの姿はいない。彼女への間合いは遥かに遠い。


 だが、ここで油断するノアではない。 


 横に飛ぶと見えない何かと回避した。 その直後――――


 ノアの背後で破壊音が轟いた。


 「初見で躱しますか? やはり、対魔剣の経験は――――」


 「ないよ。似たような相手とは戦った事があるけど」


 ノアが連想したのは、ドイツを代表する剣聖 ヨハンネス・リヒテナウアー。


 彼は純度の高い殺意に質量を持たせ、不可視の剣を作り上げていた。

 

 それに比べれば、斬撃・・を飛ばす程度、ノアに取ってみれば驚くに値しない。


 「これは愉快です。先輩としての余裕など見せず、とっておきの魔剣を使えばよかったと後悔していますよ」


 「いやいや、これで十分。実は、私……剣の戦いは苦手でしてね」


 「あはは……それは面白い冗談ですね!」


 アルシュが虚空へ剣を振るう。 斬られた空間が歪み――――


 「――――ッ! 斬撃の瞬間移動!? なんて無茶苦茶な!」


 「無茶苦茶って……それは貴方では? 絶対不可視の斬撃を避けるなんて!」


 「それそれ!」とアルシュは空間を切り裂き、ノアの四方八方から斬撃を飛ばしてくる。


 (まるでテニス選手が壁打ち練習してるど真ん中に立たされたような緊張感! どこから来るのか――――ここだ!)


 慣れ……ノアの生存本能は、この状態にすら適応していた。


(わかる。アルシュ先輩の視線。剣の切り方で、どこから斬撃が飛んで来るのか!) 


常人離れしたノアの視力。さらには動体視力は、アルシュの目の動きすら捉えていた。 


 (だったら――――)


 「だったら――――ここが勝機!」


 ノアは大きく踏み込むと――――投擲。


 唯一の武器をアルシュに向けて投げつける。


「武器を捨てるなんて、ノアさん。 勝負を捨てましたね!」


「そんなのあり得ないよね!」 


投擲した剣を弾く僅かなアルシュの動作。 しかし、この動作でノアへの攻撃が止まる。


 さらに言えば、その僅かな時間。ノアはアルシュとの間合いを瞬時に縮める。


 「――――ッ! 踏み込み、疾い!」


 「貰った!」と一撃を確信したノア。 だが――――


 「だが、させませんよ!」のアルシュの絶叫。


  一瞬、ノアの動きが止まり――――すぐさま攻撃を回避運動へ転換させる。


 「なにそれ! 卑怯じゃない?」


 ノアはアルシュの剣に宿った異変を指摘する。


 「いいえ、魔剣の本領発揮と言った所ですよ」


 アルシュの剣には炎――――それも業火と言える炎が纏わりついていた。


 「魔剣 『パターン 概念武装』 『カテゴリー 炎』


 ――――では、魔剣使い ランペイジ・アルシュ。劫火の如く、烈火の如く、推し進めさせてもらいます!」


 ノアとアルシュの戦いは接近戦に持ち込まれた。


 奇しくも、両者が得意とする近間である!

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