第76話 復活の蠅の王 

 それは混沌だった。


 両膝を地面につけ、頭を何度も投げている者もいれば、


 踊り狂う者、見たこともない楽器で演奏をする者。


「えぇい! コイツ等には統一性というものがないの!」とノアは思わずツッコミを入れた。


「なっ! いつの間に! 気配を消す教会の刺客か!」


 あまりにも熱心に祈りを捧げる悪魔崇拝者たちは、熱心過ぎてノアたち乱入者に気づくのが遅れたのだ。


 「教会は死すべし!」と宝飾された煌びやかな儀式用の剣を握る悪魔崇拝者たち。


 「流石にそれは実用的な武器とは言えませんよ」


 「がっ!」と次から次に腕を斬られた崇拝者たちには手にした武器を地面に落としていく。


 無論、暗殺者として高い能力を持つメイドリーの奇襲攻撃によるものだ。


 奇襲を予見していなかった彼等はアッサリと倒れていく。


 なんせ、本当ならば1年かけて力を蓄えて、枢機卿の娘を連れ去る計画だ。


 まだ戦闘の練度も低い。なんにせ、彼等の多くは――――


 顔を隠す布が外れ、その正体が明らかになった。


「こ、子供! まさか学園の生徒が!?」とメイドリーは驚きの声を上げる。


 そう、ここは学園の地下。 それに加え、ルナを誘拐する計画を立てるなら、実行犯は大人ではまずい。


 だから、悪魔教はルナと同級生となる子供たちを学園に送り込んでいたのだ。


「くっ――――顔を見られたからには仕方がない! 儀式を開始したばかりだが悪魔の力を開放させよ!」


 リーダー格とみられる少年が叫んだ。


 他の子供たちは、自分の体を盾にするように通路を防ぐ。


 彼等が時間を稼ぐ間に、少年は邪神像へ走っていく。


「このッ! させません!」とメイドリーの投擲が僅かな隙間を抜いて、少年へ――――


 しかし、この投擲。メイドリーには躊躇があった。

 

 背中を見せて駆け出す少年を殺すわけにはいかない。


 メイドリーは暗殺者としての訓練は受けていても、その技能は主人を守るための物であり、決して彼女は暗殺者そのものではない。


 だから、狙いは命の危険性の少ない末端。 動きを止めるならば足。


 そして狙い通り、脚を突き刺した。


 だが、予想外。 


 脳内麻薬? 儀式によって過剰に高揚していたためか?


 それとも儀式のために怪しげな薬物を投与していたのだろうか?


 「――――なっ! その足で止まらない!?」


 足をナイフで貫かれ、それでも少年は笑みを浮かべたまま走り抜けた。


 そして、その手は邪神像へ到達した。


「うわっはっはっはっ! 未完でありながら、ついに顕現される。見よ!教会の犬共よ! これが我らの――――」


 少年の言葉は、そこで途絶えた。


 邪神像へ供給され続けた魔素。それが少年へ逆流を始め――――


 「ノアお嬢様、これは一体、何が?」


 行く手を阻んでいた子供たちの全てを失神させ、追いついたノアへメイドリーは問う。けれども――――


 「……」とノアにも驚愕が表情に浮かんでいる。


 「――――なんだ? この肉体は?」と少年は、自身の体を確かめるように何度も手を開いて閉じる。


「貴様らが我を呼んだか? しかし――――いや、答えずとも構わぬ。この依代の記憶を覗こう」


 少年は僅かな時間、動きを止め――――


 「なるほど、これは快なり。神の信仰者を破壊するために我――――ベルゼブブを

召喚したか。うむ……如何せん不完全。足りぬ力は、補給させてもらおうか」


 ギロリっと視線をノアたちに向ける。 それはエサを見る目だった。


 「――――っこのプレッシャーは、ノアさま……お逃げください」


 だが、ノアはメイドリーの言葉通りに動けずにいた。


 体にまとわりつくような恐怖。 自分の体が自分の物ではないように動かない。


 なにせ、本物の悪魔が目前にいるのだ。


 ベルゼブブは急がない。 ゆっくりと食事のマナーを守るように礼儀正しく――――ノアを捕食しようとする。


(……動いて。いう事を聞いてよ。私の体!)


 内心で絶叫するノア。だが、体は彼女の意思を裏切るように動かない。


「くっくっく……抗うね。いいよ、それが最大の調味料にな――――ぐあぁ!?」


 ベルゼブブは、その紳士らしさにそぐわない声を漏らした。


 彼女ノアの肉体は逃げようとする彼女の意思を裏切り――――

 

 目前の敵へ攻撃を開始する。    


 

 


 

 


 

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