第60話 完成せしノアの闘法

 違和感。 その変化を違和感として捉えたのはノア本人ではなかった。


 それは対戦相手の関羽だ。


 左ジャブ ただノアの動きを制限するために素早く、軽く打つ。


 それでも、両者は巨人と小人の体格差。 ノアにはジャブではなく強烈な打撃を打ち込まれているように感じられただろう。


 そして、動きが止まった右ストレート。まるで大砲の一撃だ。


 当たればKO必至の一撃をノアは頭を下げて、やり過ごすと前に出て接近戦に挑む。


 (――――だが、させない)


 関羽のショートパンチが接近したノアの体を後方へ弾き飛ばし――――再び、関羽はジャブを繰り出す。


 (戦いはこの繰り返しであり、それは戦いではなく作業と言った方がしっくりとくる。――――そう思っていたのだが……)


 関羽のジャブをノアは弾いた。 拳闘ボクシングで言うパーリングという基本的テクニック。


 次の瞬間、ノアの姿が消えて見えた。


 「――――疾い。いや、それだけではない!」


 極端に予備動作を消した動き。速いと言うよりも、相手の反応を遅らす歩行術フットワーク


 「だが、いくら消えて見えても!反応が遅れても――――」


 間合いを縮め、接近していたノアに関羽は拳を当てて、吹き飛ばした。


 どんなに気配を消しても、狙いはふところに潜り込む事。


 「ならば、見えずとも当てられるわ!」


 そう口にする関羽。だが、彼の体に大量の汗が噴き出ている。


 接近してからのノアの打撃。あの強烈な突きや肘打ちは、両者の体格差すら悠々と潰してみせるだろう。 


 関羽はわかっている。 


 (再び、同じように間合いに飛び込まれる。だが――――)


 分かっていても関羽はジャブを繰り出し、戦術を変更しない。


 (削り取る。 体力も、速度も、精神も……細かく小さくダメージを与え、動きに阻害を起こさせれば、近間へ潜り込ませぬ!)


 だが、関羽のジャブは弾かれる。


 なぜか? なぜ、ここに来てノアの技量が上がるのか?


 人体の動きは精神面に左右されるという事実は揺るがない。


 闘魂、気合、怒り、悲しみ……etc.etc


 感情、モチベーションによって身体能力が落ちる事はある。


 だが、逆に今までにないほどに動きが洗礼されるなど、感情の起伏で技量そのものが向上することなどあるだろうか?


 ――――わからない。 もしかしたら、あるかもしれない。


 だが、この時、ノアの身に起きているのは統一化だ。


 ノアが修めている武術は八極拳、合気道、柔道の3つ。


 それぞれ武術として考え方、使い方が違う技術。


 それが短時間の連戦によってノアの中で溶け合い1つの格闘術へ――――最適化が始まっていた。


 そして――――


 近間。 遅れて反応した関羽の打撃。 嗚呼、彼は間違っていた。


 ノアの強烈な打撃を封じたければ、弾き飛ばすのではなく、むしろ逆。


 密着して膠着化。 ゆうに2倍以上ある体重を預けるだけで時間と共にノアの体力は減少して動けなくなっていただろう。


 だが、間違っていても彼は――――


 関羽の打撃は宙を裂く。 野太い風切り音を鳴らしての空振り。


 ノアは体勢をさらに低く関羽の打撃をやり過ごしていた。


 そして、関羽は腹部へ強烈な圧力を――――打撃を受ける。


 そして――――一歩だけ、そう……一歩だけ後ろへ下がってしまった。


 その距離は、完全なる震脚の距離だった。


 文字通り、地面を揺らすような強烈な踏み込みの音が轟く。


 絶招 『猛虎硬爬山』


 必殺技とも言える一撃は関羽の腹部を完璧に捉えた。


 

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