第17話 暴走する騎士への制圧

 その腕、真っすぐに伸ばされる。


 肘を支点にされ、曲がってはならない方向へ曲げられる。


 靭帯を痛めつけ、あるいは断裂までもっていく技。


 それが腕十字である。


 関節技はテコの原理を利用するため、力よりも技術が重視されると言われる事が多いが


 その実、抵抗する相手に関節を極めるには、粘り強い体力と腕力が必要不可欠である。


 そして、その技の効果は――――


 「うっがっぎゃあああああああああああああああ!」


 叫び声。


 大人の男性。それも戦うための鍛錬を続けた騎士ですら、抗えない叫び。


 こうなってしまうと、逃げれない。 絶対に……だ。


 「負けを認めますか?」と淡々とした口調のヤマト。


 「がっがあ……」と、声を止める騎士。 その目が見開き、血走っている。


 「う~ん」と関節を極めたまま、ヤマトは何やら悩み始める。


 たまにいるそうだ。 関節が極まっても負けを認めない矜持が高い者が。


 「とりあえず、ここで止めますか?」


 ここでは、あえて勝敗を明記しない。 


 このまま技を解き、参加費の金貨10枚を受け取る。


 勝敗にハッキリと口にしない事が落とし所になる。


 彼女は「これが最終忠告ですよ?」と怖い事を言う。


「それを拒めば、靭帯を断裂させます。 これ以上の痛みに襲われます」


「……わかった。止める」


それを聞くとアッサリと技を解き、立ち上がるヤマト。


観客たちは何が起きたのか正確には判断できていない。 しかし、何度もこの勝ち方を披露していたのだろう。


彼女に声援と拍手が送られた。 だが――――


「お、おい! あれっ!」と誰かが叫ぶ。


そこには、騎士が立っている。


「次はコイツで勝負だ!」

    

手には抜き身の剣。 


その顔は、精神の均衡が崩れたような表情が張り付いている。


危うい。そう思ったノアだったが、「待て」と書文に胸を押された。


自身でも気づかないうちに腰に付けた木刀を手にして踏み出そうとしていたのだ。 


ただの木刀ではなく、新しい魔剣ソウカクそのもの。


抜き、その力を開放すれば――――


「彼女はやる気だぞ」


「え?」


ノアはヤマトの顔を見た。その顔には表情という物が抜け落ちていた。


 (何かに似ている。……そうか、前世で見た大仏の彫刻。その表情みたいだ) 


「……どんな修羅場を潜り抜ければ、抜き身を前にして、あんなにも穏やかにいれますか?」 

 

「わからぬ」と書文。


「ワシならば、自身に向けられる危うさを嬉々として受け入れていただろう」


 そう言っている内に騎士が動き出す。


 剣は上段の構え。 


 高く上げた剣を大きく踏み込む。それと同時にヤマトの頭部に狙い、振り落とされる。


 観客から悲鳴が上がる。



 しかし、騎士が前に出るタイミングを読んで、ヤマトが前に出ていた。


 その動きは速い。


 「なっ!」と騎士が驚愕する。


 騎士が剣を振り下ろすよりも前、瞬時に間合いを潰す。


 そのまま、ヤマトは騎士を抱擁するように抱きついていた。


 「―――ッ! 胴タックル!」とノア。


 必殺の剣を避けられ、あまつさえも抱きつかれたことに激高する騎士。


 「離せ! 侮辱するか!」


 大きく腰を捻り、その勢いで振り払うとする。……だが、相手は柔道家だ。


 ザッ――――と地面に足を擦る音。 それが静まった時だ。


 ヤマトは体を捻る。 そのまま、騎士の股へ踵は跳ね上げる。


 それは決して急所蹴りではない。 


 内股 


 そういう名前の柔道技。


 股にあげられたヤマトの足で相手の体が上へ力が送られる。


 加えて強烈な腰の捻りで投げる技だ。


 ――――いや、正確には違う。 


 内股巻込


 投げると同時に自身の体を相手に浴びせ倒す。


 その行為自体を柔道では巻込と言う。 


 地面に叩きつけられ、さらに相手が投げの勢いのまま落下してくるのだ。


 油断すれば悶絶する。そういう技だ。


 投げられた騎士は「うっが――――」と口から空気を漏らす。


 そのまま、ヤマトは寝技に移行する。


 だが、怪訝。 剣を持った相手に寝技は危険ではないのか? 

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