OL、誘われる

 クズ勇者ツヨシは荒れていた。すでに帝都の裏社会を手中に収め、日々女を侍らせつつも相変わらず暴虐の限りを尽くし身内にすら怯えられる暮らしを続けている。

 荒れている理由はただひとつ、ツヨシが捕縛されるきっかけとなったあの美しい女がまだ手に入っていないためである。配下には草の根を分けてでも探し出せと厳命しているが、いまだ発見の報告どころか女の情報すら集まってこないのだ。


 理由は簡単である、ミヤビが宿に引きこもり一歩も外に出ていないからなのであるが、そんなことはクズ勇者の知るところではない。配下を使い民家ですら押し入って捜索という名の強盗を働かせることで、帝都の治安はますます悪化していく。すでに帝都の衛兵たちとは全面的な抗争状態になっているため、配下も自由には身動きが取れないのもクズ勇者をさらに苛立たせ、手近に居た女たちはそのうっぷん晴らしのために暴力を振るわれるのだった。



 だがようやく女の情報が手に入る。城門に男たちと向かう姿を目撃したという情報、再びグリフォンが現れたという情報、そして女が宿に泊まっているらしいという情報。ひとたび集まり出せば、次々と情報が届き始める。その情報をもとに女の居場所を特定して、今度こそは必ず自分の前に跪かせて泣き叫ばせてやるとクズ勇者ツヨシは心に誓うのだった。



~~~~~~~~~~



 ミヤビはフェルディナンドを見送った後は、また宿で引きこもりに戻る。そもそも帝都にいるのはステファンとセルジオとの約束のためだけだ。治安の悪化は宿の者からも聞いており外出してもろくなことはないと出かける気がしないのだ。馬鹿を相手にしてみようかとも考えたが、醜く臭く煩い男たちに、ストレス解消のためとはいえ遭遇する気にはならなかった。



「はあ、暇よねぇ。魔物の大群でも現れたらいいのにな」

 退屈を持て余すミヤビはビールを片手に物騒なことを考える。いつも通り朝から酒とつまみを並べてだらけきっているのだ。TVもネットもなくただひとり飲む酒はたちが悪いものと相場が決まっている。手持無沙汰になれば飲むしかないので、昼過ぎにはすっかり出来上がってしまう。


 そんなミヤビのもとへ、ようやくセルジオが訪れた時には前回以上の酔っぱらいなのだった。



「遅い! いつまで待たせるつもりなのよ、退屈過ぎて死ぬところだったわよ!」

 顔を合わすなりミヤビはセルジオを責める。それも当然だろう、すぐにと言われ待っていたのが一月以上放置されたのだから。


「申し訳ございません、ミヤビ様。お坊ちゃまではもはやどうしようもなくなりましたので、お力添えを賜りたくまかり越しました」

「なにそれ? ステファンが何してたか知らないけど、その尻拭いを私にしろってこと?」

 セルジオの言葉にミヤビは不機嫌を隠そうともせず睨みつける。


「誠に申し訳ございません。しかしミヤビ様のお力をお借りするしかもはや帝国を維持する方法がございません」

「知らないわよ。別に帝国がなくなろうと私には関係ないし、そもそも帝国が私にちょっかい掛けてきたおかげで迷惑してたのよ。なんで帝国のために力を貸すと思うのよ?」


「しかし、お坊ちゃまは帝国の公爵家の次期当主。なんとか帝国をもとのように復興させたいと願っております」

「だから? それは全部ステファンの都合でしょ? 私に何の関係があるの? 意味わかんない」


「ですのでこうしてお願いに伺った次第でして…」

「なんで私がステファンのお願いを聞く必要があるの? さんざん人を放置しといて、そっちの都合で振り回すって何様なの? やっぱり帝国貴族なのねステファンも、私みたいな平民は力を貸して当然って思ってるってことよね」

 放置された不満と、あまりに身勝手な言い分にミヤビの機嫌は急降下中である。その身から漏れ出す威圧感にセルジオですら身の危険を覚え及び腰になる。



「お願いいたします、どうかもう一度お坊ちゃまとお会いいただけませんか。ミヤビ様がご不快になるのも当然とは思いますが、そこを曲げてお願いいたします」

 もはや説得は不可能、これ以上言葉を並べればミヤビが暴発しかねないとセルジオはその場で深くミヤビに頭を下げる。


「いやよ、なんで私が会いに行かなきゃいけないのよ。人にものを頼むならそっちが出向くのが当然でしょ。散々待たして呼びつけるって、喧嘩売ってるなら喜んで買うわよ」

「ま、まさかミヤビ様がよろしいのであればお坊ちゃまを連れて改めてお伺いいたしますので、どうかお怒りをお沈めください」

 ミヤビの力を知るセルジオは顔色を変えて必死にミヤビをなだめる。これ以上何かあれば帝都は廃墟と化すだろうし、そうなれば帝国はもはやそれまでであろう。


「ふうん、えらいえらい公爵閣下が単なる平民のもとに足をお運びいただけるってことね。おめかしして跪いてお迎えすればいいのかしら?」

「ミヤビ様勘弁してください。お待たしたのも連絡できなかったのもすべてこちらのミスでございます、お坊ちゃまからも誠心誠意謝罪いたしますので以前のようなお付き合いを許していただけませんか」


「別に謝ってもらわなくて結構よ。ステファンの便利な手ごまになるつもりもないし、会って気に入らなかったらもう出ていくから」

「ではお会いいただけるということでよろしいでしょうか。すぐにでも連れてまいります」


「会うだけよ、ドルアーノでの日々に免じて一度だけだからね」

「それで十分でございます。それでは急ぎ戻らせていただきます」

 セルジオはミヤビの気分が変わる前に慌てて宿を後にする。ミヤビにすればステファンとの関係性ははっきりさせておきたかったし、帝国を出るいい機会と思ったに過ぎないが。それでもセルジオは役目を果たせたとステファンを連れに戻るのだった。





「で、えらい公爵様がただの平民の女に何の御用かしら?」

 1時間もかからず宿に訪れたステファンに向かっての最初の言葉がこれである。ミヤビの不機嫌具合はステファンに間違いなく伝わったであろう。


 ステファンにすれば、これまで不眠不休で帝国の立て直しに動いてはいたが、しょせん孤立無援な状態ではやれることにも限界があり、そしてついにその限界を迎えてしまった状況だ。ステファンにも言い分はあるだろうが、ミヤビを待たせたまま放置したことには間違いはなく、この不機嫌さはすべてステファンの責任であることも理解している。


「すまなかった! ミヤビをほったらかしにするつもりはなかったんだが、いろいろありすぎて結果的にこうなっちまったんだ。だが言い訳はしない、全面的に俺が悪かった、勘弁してくれ」

 直立したまま深く頭を下げるステファン、過去の帝国であれば公爵が平民にここまで頭を下げるなどあり得ないことだったろう。だがミヤビからすれば公爵だろうと何だろうとどうでもいい、それでも素直に頭を下げたことは評価しないわけではなかった。


「ふうん、じゃあ貸しひとつね。いつか私の言うことを何でもひとつだけ聞いてもらえるのなら、今回は勘弁してあげる」

「お、おい。ミヤビの頼みってなんだよ。ドラゴンを瞬殺する力があるやつの頼みって怖すぎるんだがな」


「嫌ならいいわよ。じゃあここでさようならね」

「待てっ! わかった、何でも言うことを聞くから。今日は話をさせてくれないか」


「じゃあ契約は成立ね。反故にしたらブチ切れるからね」

「は、はい…」

 ミヤビのひと睨みにステファンは冷や汗をかきつつ返答するのだった。



 ステファンがミヤビに伝えたのは帝国の現状。帝都の治安の悪化と流通の停止、連邦の侵攻、貴族たちの動きなどであった。特に貴族たちは自領に引きこもり重税を課して贅を尽くし遊び呆ける者はまだましな方で、勢力争いのために民衆を徴兵して近隣の領へ戦を仕掛けるものまで現れている。さらには帝位を簒奪するためなのか帝都へ攻め上ろうとする者もいるようだ。

 皇帝の不在、それが与えた影響はステファンの想像以上にひどいものであり、無能貴族たちを抑える上位者がいない現状では手の打ちようがないのである。


 そこへ連邦の侵攻が重なり、すでに帝国各地では戦乱に巻き込まれる地域も増えてきている。この事態の抑えるために教国へ調停依頼の使者は出してはいるが全く音沙汰がない。控えめに言っても帝国滅亡の危機であった。



「で? それが私に関係あるの?」

「そういわれると言葉がないんだが、力を貸してもらえないか。せめて連邦の侵攻だけでも抑えることができれば教国に調停させて、あとは国内の問題としてどうにかできるかもしれん」


「なんでそこまでするの? ステファンがやる仕事じゃないんじゃない?」

「確かに公爵家の仕事ではない。しかし本来それをやるべき者は居城とともに消え去ったんだ、残った者の最高位である公爵家が動かないでどうする」


「他の貴族も動いてないんでしょ? そもそもステファンのとこだけでどうにかできるの?」

「どうにもできなかったよ。すでに帝都にあった公爵家の資産は底をつきかけているからな」


「ならどうするつもり? 結局皇帝が居ないとこの国はまとまらないんでしょ? いっそステファンが皇帝になっちゃえば?」

「ばかな、皇帝みたいな面倒な地位はいらねえよ。俺はあくまでもサポートの地位で十分だ」


「でもそれで手詰まりなんだよね? じゃあもうどうしようもないじゃん」

「くっ、そうなんだよな…。俺は民が平和に暮らせる国であれば十分だったんだけどな」


「それで私に連邦を抑えさせても、結局何も状況は変わらないんでしょ? それじゃあ単なる無駄足じゃん、嫌よそんなのは」

「だが連邦を放置すれば、帝国領が奪われちまう」


「別にいいじゃん。世界の最初から帝国があったわけでもないんでしょ? 帝国が滅んでもどこか別の国ができるだけ、民衆は別にそこまで気にしないわよ。税が下がれば逆に喜ぶぐらいでしょうよ」

「ミヤビは帝国が滅んでもいいというのか?」


「当たり前でしょ? 不滅の国なんてあるわけないし、そもそも私は帝国に思い入れなんてかけらもないから」

「そうやって割り切れるのもミヤビの強さなんだろうな」


「はあ? イライラするわね。結局ステファンは帝国には滅んでほしくない、民衆は幸せに過ごしてほしい、連邦には手を引いてほしい、でも自分は帝位につきたくないって、全部ステファンのわがままじゃない。あれもこれもなんてそもそも甘すぎるのよ、本当に心の底から望むものはあるの? 単なるいい人がしたいだけなら全部諦めたほうがいいわよ」

「それでも、ミヤビの力があれば何かできるんじゃないか」


「馬鹿にしてるの? なんで私がステファンのためにそんな面倒なことするって思えるの? 私を当てにするのは金輪際止めて、身の丈に合った望みをもって暮らしなさい。はっきり言って迷惑だわ」

「そっか、そう言うよなミヤビなら。確かに俺もミヤビの力を当てにし過ぎて目が曇っていたようだな。よし! 俺も帝都を去って公爵領に戻るよ、俺が為すべきなのは帝国ではなく自領の民を守ること。ありがとう、おかげで目が覚めたよ」

 来た時と異なり疲れた様子はそのままだが、目に力の戻ったステファンはミヤビにそう告げると、居住まいをただす。


「なあ、一緒に公爵領に来ないか?」

 ステファンは真面目な顔でミヤビに問いかける。そしてステファンのその顔を真正面から見据えてミヤビは満面の笑みで答えた。


「やだ」

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