OL、帝国のピンチを未だ知らず
フェルディナンドが公国に戻るために旅立ってから数日、いまだ帝都の混乱は収束する兆しはない。クズ勇者ツヨシ率いるゴロツキ達が好き放題に暴れまわり、それを帝都の守護にあたる者たちが捕縛しようとする。だがゴロツキ達は帝都の裏社会に棲んでいた者達、裏通りの隅々まで把握した彼らは簡単に捕まるような相手ではない。
その結果帝都の住民が割を食うこととなり、恐怖に怯えて厳重に戸締りして引きこもる者、開き直ってゴロツキと同様に暴れまわる者、身内を頼りに帝都を後にする者などが増え続け、帝都はすでに都市としての機能を停止している。流通がほぼ停止したため食料の供給が追い付かず、いずれ近いうちに暴動が発生する可能性もある。
そしてそれを何とかしようと日々寝る間も惜しみ働くステファン達。食料だけでもと、近くから運ばせるように指示を出すが音沙汰はない。帝都の周辺の領地は、帝国内でも価値が高いとされていたため、すべて皇帝にしっぽを振る無能貴族が占めていたのだ。
そして皇帝の居城と共に当主が消えた周辺の領地は、新たな当主の座をめぐる争いや、当主が居なくなったことにより更なる苛政を行い私財を増やそうとするなど、ろくでもない状況に陥っていたため、ステファンの指示に従う者など存在しなかった。
そもそも何故ここまでステファン達が頑張らねばならないのか? 高位とはいえ一公爵家に過ぎないステファンに義務があるわけではない。それも当然だろう、皇帝もその後継者も不在の状況を想定するなど皇帝に対して不敬であり、検討されているはずなど無いのだから。
つまり現在ステファンが頑張っているのはあくまでも個人的なもの、貴族としての義務として帝国民を保護するのは当然のことという考えからなのである。性格的に公言することはないが、公爵家の一員として帝国民の血税でこれまで裕福な暮らしを享受していた以上、帝国民を守るのは義務であると信じているのであった。
だがそんなステファンの頑張りも、そろそろ限界を迎えるようだ。
「もう無理だろこれ、どこに手を付けても全く効果がないどころか新たな問題が発生しちまう」
疲れ切った表情をしたステファンは、訪れたセルジオに愚痴をこぼす。それも当然であろう、平時でも帝国の運営を一公爵家が行うなど無謀と言われても仕方がないのだ。それをここまでひどい状況で、何とか崩壊を押しとどめているだけでもステファンは評価されてもいいくらいだ。
帝国の国庫は居城とともに消え去り、預けていた金も証書がなければ存在しないも同然。公爵家の私財を投入し何とか今日まで踏ん張ったが、セルジオの告げた内容に心が折れたようだ。それは公爵家の私財がそろそろ底をつくという無情な宣告だった。しかしそれは当然の結果だろう、一貴族の資産で帝国の運営が行えるわけなど無いのだ。しかも税収もないため出ていく一方なのであればなおさらだ。
そしてさらに悪い知らせも同時に届く。
「国境周辺で妙な動きが観測されたそうです。おそらく連邦が兵をあげた可能性が高いかと」
続けられたセルジオの言葉に、ステファンは頭を抱える。
先の公国への侵略戦争で兵糧不足で撤退させられたのは、すでに諸国に知れ渡っているだろう。世界最強を謳った帝国軍が瀕死の弱小国に敗れたのだ。話に尾ひれがついて面白おかしく知れ渡るのも当然だろう。弱った相手を攻めるというのはつい最近帝国が行ったことでもあるため、連邦へ非難しても説得力のかけらもない。
当然迎撃すべきなのだがそのための兵もいない。帝国へ撤退した兵は居城横の兵舎に駐留していたため、その大半は居城と共に失われていたのだ。今から各地より兵を集めて応戦するしかないのだが、時間的にも間に合わないであろうし、皇帝でもないステファンの言葉で兵が集まるとも思えない。
「教国に至急使者を出してくれ。何とか停戦、無理でも講和の調停を頼みたい」
もはや帝国単独での対応は不可能と、ステファンはセルジオに指示を出す。ステファンの内心としては、なんでこんなことまで俺がやらなきゃならないんだよ!といった具合ではあるが、性格的に放置することが出来ないのだ。しかしカークブルの騒動で教国との関係性が切れていたのを、ステファンは忙しさで忘れてしまっていたのは誰も責められないだろう。
本来であれば今回のような居城ごと消失するような事態に対応できるはずがないのだ。皇帝の突然死程度であれば、宰相以下の文官さえそろっていれば内政はいかようにでもなるし、軍備についても同様だ。今回の事態がイレギュラーすぎるのだ、このような事態まで想定している国家などこの世界には存在しない。つまり現時点で帝国という存在はすでに崩壊しているということ、ステファンの必死の頑張りによってかろうじて瀕死の状況を維持しているに過ぎない。
そしてそれも公爵家の私財が尽きることで終了を迎える。もはや帝国は周辺国から好き放題にされてもどうしようもない死に体であり、教国の調停がなければ存在すら許されないだろう。
「はあ、どんな顔してミヤビに合えばいいんだ? これだけ待たせて、結局どうしようもありませんでしたなんて言えるか?」
ステファンは自身の手に余った帝国の延命を諦め、だらしなくソファに座り込むのだった。
~~~~~~~~~~
スペンサーは自領にて情報の収集と出兵の準備を進めている。すでに帝都でのトカゲのような男による治安の悪化、食料の供給の停止までは、帝都に残した諜報員の手によって入手している。そして公爵家による無駄な延命もまたスペンサーは把握していた。当主が居城と共に亡くなり暫定的にその座についた嫡男が頑張っていたようだが、所詮一公爵家が何をしたところで帝都を元に戻すことなど不可能、皇帝不在の混乱に陥った帝都など他の貴族にとって価値など無いのである。そんな帝都のために私財をなげうって救援に向かう真っ当な貴族など、すでに無能貴族たちの手によってその地位を奪われているのだ。
しかしスペンサーにとっては帝都は皇帝の居場所、そこを抑えることは帝位に近づくことを意味する。すでに皇帝の後継者足りうるプリシラは確保したとの報告は受けている。修道院から女ひとり連れ出すなど大した手間ではないのだ。プリシラが自領に到着すればスペンサーの手札は全て揃うことになり、その時が帝都への進軍の開始となる。すでに主要な貴族へ最も血筋の濃いプリシラを次の帝位につけて、再び帝国の威光を示さんという無能の喜びそうな情報は流している。小娘を帝位につければ、無能が再び権力のおこぼれに与れると思い賛同することはほぼ間違いないであろう。
小娘ひとり程度言いなりにさせることなど、どうとでもなると無能どもが考えるのは自由ではある。もちろん無能どもの思惑通りに事が動くかどうかは、別の話ではあるが。
スペンサーは、手元に集った元文官たちや元将軍たち、有能であるがゆえに無能貴族に平民に落とされた貴族たちを配下に従え、着々と帝都への進軍の準備を進める。魔法兵に騎兵、歩兵まで揃った一領主が持つには些か規模が大き過ぎる軍は示威行動としては十分な規模であり、訓練された兵たちは腐りきった帝国軍などとは違い、過去に覇権を唱えていたころの帝国軍を彷彿とさせるものであった。
そして数日後遂にスペンサーの待ち望んだ日が訪れる。整った顔立ちと穏やかな雰囲気を持つ女性、プリシラがついにスペンサーのもとに到着したのだ。スペンサーは表向きは最上級のもてなしと対応を行う。修道院で細々と暮らしてきたプリシラにとって、今回の拉致に近い誘拐劇は心胆を凍らしめるものであった。乱暴こそ働かれることはなかったが見知らぬ無骨な男性たちに囲まれての旅路は生きた心地がしなかったであろうことは容易に想像できる。
そしてようやく解放されたのは地方の貴族の邸宅。派手ではないが美しく飾られた屋敷はプリシラの好むものであった。そして出迎えた屋敷の主はプリシラを丁重にもてなし、紳士的な態度で接してくれる。世間知らずのプリシラがスペンサーに心を許すようになるのにさほど時間は必要なかった。
だがプリシラが落ち着いたころにスペンサーから語られた内容は、再びプリシラを混乱させるものであった。先日まで修道院で神に祈りを捧げる日々を送っていたプリシラに、帝位につくようにというその内容は全く想像すらしなかったものだった。しかし、皇帝が何者かに居城ごと消し去られたという事実がさらにプリシラを追い詰める。帝位を継ぐ者がプリシラしか居ないという現実に、プリシラは打ちのめされるのであった。
容赦無い現実に打ちひしがれるプリシラに手を差し伸べたのもスペンサーだった。プリシラはひとりではないこと、常に自分がお守りするし支えもするという甘い言葉にプリシラは簡単に落ちるのだった。
すべてがスペンサーの筋書き通り。世間知らずの小娘の懐柔など、無能貴族の間を渡り歩き人知れず財を蓄え人脈を伸ばしてきたスペンサーにとっては、赤子の手をひねる様なものだ。そしてプリシラがスペンサーのもとに到着して一月もしたころには、スペンサーに完全に依存するプリシラの姿が見られるのであった。
そうしてすべての準備を終えたスペンサーのもとに、連邦による侵攻の知らせが届く。恐らくこのままでは帝国は連邦により食い荒らされるのは間違いない。迎撃の指揮を執るべき皇帝は不在、それならば個別に貴族たちが迎撃すべきではあるがまともな領軍など存在しない。無能貴族のもと統制を執る者が数年単位でいなかった軍など、役に立つはずがないのだ。つまり連邦を迎撃するべき軍が帝国には存在しないということである。
だがスペンサーはこの報を聞くとニヤリと笑い、すぐに出撃の準備を下すのだった。帝国の危機を逆手に取り、己が野望を実現するためのチャンスとして動き出そうとするスペンサー。帝国内で唯一ともいえる軍を指揮し帝都に向かう。その傍らには次期皇帝となるべきプリシラがスペンサーにしなだれかかる。もはやスペンサーの野望は実現の一歩手前まで来たようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます