OL、従魔に乗る
ドルアーノの街に向け、優雅に黄金のグリフォンが羽ばたく。そしてグリフォンに騎乗するのは純白のドレスアーマーを身にまとう黒髪の美女。その姿は神話の一場面を切り取ったかのように荘厳なものであった。
その姿をドルアーノの街の見張り役が遠視の魔法で発見するのにさほど時間はかからなかった。
「ギルマス!大変だ!グリフォン、グリフォンの上位種が街に向かってきている!」
「なんだと!グリフォンが相手ならAランク数パーティーは必要だ、しかも上位種だと…。手の空いてるものは急ぎ嬢ちゃんを探して来い!丁重にお願いするのを忘れるなよ!」
「はい!ミヤビ様をお連れすればいいんですね!」
「お前ら!姐さんを探すぞ!」
「俺達は宿に向かってみる!」
グリフォンの上位種の来襲に喧騒に包まれる冒険者ギルド。グリフォンに対応可能な高ランクの冒険者の数がそもそも少なく、存在する高ランク冒険者はダンジョンに潜っているためすぐに対応できない。だがギルマスは規格外の存在であるミヤビを思い出し、至急の呼び出しをかける。
だれもこのグリフォンがミヤビの騎獣で、呼び出しをかけた本人が騎乗しているとは考えてもいなかった。
「ねえ、貴方は何て名前なの?」
『我に名はない、そもそも魔物に名などは無いものだ』
「そうなんだ、でも名前がないと呼びにくいわよね」
『主の好きに呼べばよい、名など特にこだわりはないからな』
「へー、じゃあ「ヤキトリ」でもいいんだよね?」
『…すまぬ、出来れば別の名前にしてもらえないだろうか…』
「ほらぁ、何でもいいっていうのに限って何でも良くないのよね。
じゃあ「グリフィス」ってのはどう?」
『良い名だと思う、グリフィスとしてこれからは主に仕えよう』
街の大騒ぎの原因になっていることも知らず、のんびり名づけを行う主従。
のんびりとは言えグリフォンの上位種の速度である、ミヤビが走ったのと同じかそれ以上のスピードで街に近づいていく。災害級とも恐れられるグリフォンの上位種の突然の来襲に、ドルアーノの街はさらに騒ぎを大きくしていった。
「なんだと!グリフォンがこの街に襲撃してきただと!」
商業ギルドの仮のギルマスに収まっているカルロは、冒険者ギルドからの連絡に驚愕していた。
ミヤビの持つ宝石の入手ルートを奪うために領主を唆したりするほど、金には貪欲な男だ。グリフォンの襲来により自分の持つ建物などの資産が無くなることを危惧する。
「領主は何をやっている! それに冒険者ギルドもだ! 商業ギルドの名において早急に対応するように要請をかけろ!」
カルロは自称領主代行のカスティーニと冒険者ギルドに対して、グリフォンの討伐要請を出させる。本来商業ギルドにはそのような権限はなく、領主である貴族に対して要請を行うなど身分を越えた行為は厳罰の対象になるものだが、カスティーニが正式に後継ぎとして認められていないことからカルロは軽く判断してしまった。
その結果、領主の館に走ったギルド職員は、商業ギルドからの貴族に対する要請に激怒したカスティーニにより首だけとなって帰ってくることになる。
さらに、同格の冒険者ギルドに対しても要請という形ではあるが高圧的な形で伝わったため、激怒したギルマスから要請は受諾するが掛かった経費はすべて商業ギルドで負担するようにと回答があった。
ここまできてカルロは自身の失策に気付くが時すでに遅しで、領主と冒険者ギルドの怒りを一身に受けることになる。
それでもグリフォンが早期に討伐されれば、まだカルロの被害も少ないであろうが、街に被害が発生し冒険者が被害にあうようなことになれば、経費という形でその保証がすべて商業ギルドの負担となる。
すでに冒険者ギルドが動きを見せている以上、いまさら要請を無かったことにもできない。カルロはただ被害が最小限になることを祈るばかりであった。
「ギルマス!姐さんが見つかりません!」
「こっちもだ!」
「Aランクの旦那に確認したら、ダンジョンに向かったらしい!」
冒険者ギルドにミヤビの捜索に向かった者たちからの報告が集まる。
「なんてこった、嬢ちゃんはダンジョンかよ…。てめえら! 気合い入れろ!
嬢ちゃんが戻るまで、グリフォンから街を守るんだ!
足の速い奴はダンジョンに向かえ! なんとしても早く嬢ちゃんに知らせるんだ!」
ミヤビの不在にギルマスは最悪の事態を想定するが、この街を守るのも冒険者ギルドの義務である。冒険者たちに声をかけ悲壮な思いで迎撃の準備を始める。
すでに目視でもグリフォンの姿が捉えられるようになったころ、ようやく街の外に冒険者たちが防衛のために集まってきた。
「なあ、グリフォンってあんな色じゃなかったよな…」
「普通の上位種なら姿はそのままでサイズがでかいだけだからな」
「ってことは、あれって上位種の中でもやばい奴ってことだよな…」
「姐さん、早く帰ってこないかなぁ…」
報告と違い、実際に自分の眼で見る黄金のグリフォンは集まった冒険者たちではとても太刀打ちできない事がわかるほどの力が感じられた。
だが冒険者として登録している以上、街の防衛には参加せざるを得ない。もし参加を断ったり逃げ出した場合は冒険者の資格の剥奪となるためだ。
ミヤビの持ち込むようなギルドの欲しがる高レベルな個体ならば、冒険者以外からでも素材の買い取りは行われるが、低レベルの個体では冒険者以外からは買取りが行われない。つまり低ランクの冒険者にとって資格剥奪は収入を断たれることに等しく、死活問題なのである。
防衛のためグリフォンを相手にしなければならない冒険者たち、戦えばほぼ間違いなくやられるし、逃げれば今後の生活の道が閉ざされる。行くも戻るも地獄の選択に冒険者たちの士気は低い。
「おい、グリフォンに誰か乗ってないか?」
「馬鹿か! あんな上位種を誰が騎獣に出来るっていうんだ!」
「姐さんなら出来るかもな」
「ははは、ちげえねえや」
「でも姐さんはダンジョンなんだよなぁ…」
「お前ら無駄口はそこまでだ! グリフォンの頭めがけて弓も魔法も全部ぶちかますぞ! 合図したら一斉にかかれよ!」
もうすぐ射程距離に入るグリフォンに対し、攻撃の指揮を取るギルマス。集まった冒険者たちもそれぞれ準備を始める。弓も魔法も扱えないものは、そこらの石を拾い投石を行うようだ。
「あれ? みんなでお出迎えかな?」
『主、敵意を感じる』
のんびりと空の旅を楽しんだミヤビは、街に近づき人が大勢集まっていることに気がつく。グリフィスが敵意を指摘することで改めて集まった者たちを確認する。
「あっ! ギルマスがいるじゃん。おーい!」
グリフィスの上で大きく手を振るミヤビ。しかし下からはグリフィスの影となりその姿は確認できなかった。
そして、ギルマスの腕が振られ冒険者たちの攻撃がグリフィスに向かって放たれる。
「ちょ! 危ないじゃない!」
突然の攻撃にミヤビは突風ですべてを跳ね返そうと魔法を使う。
突如巻き起こる突風、いや暴風という方が正しいかもしれない。ミヤビの桁違いの力で放たれた暴風に矢や投石はおろか魔法でさえもすべて跳ね返される。跳ね返された魔法は明後日の方角で暴発し、矢や石は冒険者たちに降り注ぐ。さらに勢いの衰えない暴風は冒険者たちをまきこみ街の防壁にたたきつける。
ミヤビの腕の一振り、暴風の魔法だけで集まった冒険者たちは放った攻撃とともに全て無力化されてしまった。冒険者が吹き飛ばされて空いたスペースにミヤビはグリフィスに降りるよう指示する。
「はあ、一体何のつもりよ! 戻ってくるなり攻撃してくるなんて」
グリフィスの背中から飛び降りたミヤビは、まだ防壁沿いに伸びている冒険者たちに向かって文句を言う。
「あ、姐さんだったんですね…、グリフォンが襲ってきたって言われて俺達防衛に集まってたんですよ」
比較的無事であった冒険者のひとりがミヤビに状況を説明する。
説明を聞いてやっとミヤビはグリフィスのせいで街が混乱していたことに気が付いた。
「そっか、ごめんね。この子を従魔にしたからうれしくて飛んで帰ってきたのよね」
「姐さん、それを先にいっといてくださいよ…」
「でもこれでみんなこの子のことを覚えてくれたから、結果オッケーってことでいいじゃん」
「はあ、やっぱり姐さんすね…」
全く悪びれることもないミヤビに、冒険者たちはあきれてものが言えない。
「グリフィス、もう戻っていいわよ。そのうち呼ぶからよろしくね」
『わかった主よ』
グリフィスがミヤビに応えると、その身体が光に包まれ消え去った。おそらくダンジョンの住処に戻ったのであろう。
「じゃあ、怪我した人はこっちに集まって」
暴風で飛ばされただけなので、重傷を負った冒険者もおらず酷いもので骨折程度のけがで済んだようだったので、けが人を一カ所に集める。
「姐さん、何が始まるんです?」
「できれば早く戻って治療したんですが…」
「嬢ちゃんよ、まさか治療魔法が使えるのか!」
ギルマスも軽傷とはいえ怪我を負っていたので、集まった中に居たようだ。
「じゃあじっとしといてね」
(治療、再生をイメージしてと…)
ミヤビが両腕を冒険者たちに向けると、冒険者たちの足元から白い光があふれ出す。光は怪我の部位に留まりその個所を癒していく。
「す、すげぇ…」
「範囲治療魔法なんか、初めて見た…」
「姐さん、マジヤバイ…」
冒険者たちが口々に治療魔法への驚きを述べているうちに光が収まり、冒険者たちの怪我は全て治癒していた。
「はい、おしまい。じゃあ私は宿に帰るわね」
「嬢ちゃん、ちょっと待ってくれるか」
何事もなかったかのように宿に戻ろうとするミヤビに、ギルマスが声をかける。
「なに? 早くお風呂に入りたんだけど」
「あのグリフォンは嬢ちゃんの従魔で間違いないんだな」
「うんそうだよ、グリフィスって名前にしたんだ。可愛いでしょ?」
「はぁ…、それはともかく従魔は登録が必要なんだ、魔物と区別しとかないと討伐される可能性があるんでな」
「そうなんだ? じゃあどうしたらいいの?」
「大抵はわかり易く首輪をつけてるな、従魔の印としてはこれがいちばんメジャーだな」
「ふうん、じゃあ余ってるドラゴンの素材で可愛い首輪を作らないとね」
「ドラゴンの首輪かよ、豪勢なもんだな」
「この後首輪作ってもらってから、召喚してつけるようにするね」
「ああ、それでいい。あと今後従魔が増えるなら先に教えて欲しいもんだ、そのたびにこうやって吹き飛ばされちゃたまんないからな」
「えへへ、ごめんね。でもいきなり攻撃されたから仕方ないじゃない。それに死なない程度に手加減するのって大変なんだからね」
「まあ、今回は全員無事だしかまわん。後は街に居る馬鹿を絞り上げるだけだからな」
「よくわかんないけど、がんばってね~。じゃあ私は戻るね」
ミヤビは軽い足取りで宿に戻っていく。
「グリフォンの上位種が従魔って、姐さんやっぱり半端ねえな」
「俺達を吹き飛ばしたのも手加減したみたいだし、本気でやったらどれだけなんだろうな?」
「街ごと吹き飛ぶんじゃね?」
「姐さんならあり得るよな…」
冒険者たちはミヤビの後ろ姿に、感嘆の声を漏らすばかりであった。
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