第1604話 優しい夢

 男と男の勝負は見せ物ではねーが、外野が無関心でいられると寂しくもなる。人とは勝手な生き物である。


「イイ勝負だったぜ」


 いや、のほほんと茶しばいている外野などどうでもイイ。今は戦った者へ敬意を払うべきだ。


「……フガ。フガフガ……」


 ああ、まったくだと言い残して力を失ってしまった。


「勝者の決まりとして敗者の処遇はこちらで決めさせてもらうぜ」


 椅子に座ったまま、面倒臭そうにこちらを見る先生のねーちゃん。名前、なんだっけ?


「……生きるのに興味をなくした顔だな……」


 力なく虚ろな瞳。無気力な態度。見えるものに興味を示さず、どうでもよさそうにしている。前世のオレもこんな姿をしてたんだろうな~。


 いや、ここまでではねーか。先生のねーちゃんは少なくとも三百年以上は生きてんだからな。オレも三百年スローなライフをやってたら飽きるだろうよ。


「充分に生きたかい?」


 オレの問いに、初めて目に生気が宿った。ほんのちょっとだけな。


「……そう、だな。長いときを生きたような気がするよ……」


 そう言えるってことは少なくとも人生の半分は満足していたってことだろう。つまらない人生が三百年以上続いていたら気が狂うわ。


「じゃあ、その長いときを終わらせるかい?」


「………」


 言葉を詰まらせ、どこか遠くを見た。


「なにか、欲しかったものでもあるのかい?」


「……欲しかったもの。そうだな。わたしは、幸せが欲しかった……」


 また象徴的なものを欲しがったものだ。


「幸せじゃなかったのかい? 寂しかったのかい?」


 その問いに答えは返ってこない。だが、先生のねーちゃんの中では問答が行われ、幸せと寂しさが思い出されてんだろうよ。


「……マドゥ……」


 それはきっと誰かの名前だ。思い出の中にいる、愛する者の名前なんだとわかった。


 ……前世のオレも知らず知らず名前を呼んでいたっけ……。


「最後のときが訪れるまで優しい夢でも見るんだな」


 これはもうなにを言っても無駄だ。完全に生きる気力を失っている。肉親たる先生でも無理だろうよ。いや、あの先生に頼ると間違った方向にいくからなにも頼まないけどさ。


 先生のねーちゃんを結界で包み込み、誰も邪魔されない世界へ隔離してやった。


 フガ男を結界で包み込み、伸縮能力で小さくしてベストのポケットに仕舞った。


「帰るぞ」


 のほほんと茶しばいている外野と、ここまで連れてきてくれたおばちゃんを連れて外に出た──けど、なにやら地下っぽい。


「ここに来るにはあの転移陣を使わねーとダメなのかい?」


「いや、一応、別の通路を通って来れるが、門番がいる」


 フガ男みたいなものか? まあ、門番がいるなら誰も入って来ねーか。


「もうここには来るな。ライジング──」


「──ライニーグ様です」


「そのライニーグは夢を見ながら死んでいく。誰も邪魔をするな」


 思い出の中で死んでいくのがライニーグのためであり、ゼルフィング家のためでもあるからな。


「ヘキサゴン結界」

 

 で、館を包み込み、転移で来れないようにした。


「その通路に案内してくれ」


 どんなものか知っておきたいし、門番がどんなものか興味があるからな。


「歳よりには厳しいんだがね」


 空飛ぶ結界──いや、空飛ぶ椅子を創り出してやった。


「それに座って指示を出してくれ」


「なんでもありだね」


「よく言われるが、なんでもできたらライニーグもなんとかできたよ」


 あれでも先生の姉。会わせてやりたかったしな。


「……そうかい。あっちだよ」


 おばちゃんの指示に従い、地上へ続くだろう通路へ向かった。

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