第1379話 プライド

 診察の結果、オカンは元気そのもの。パラメーターが可視化できたら宿屋で一泊したあとくらいになっているだろう。


「どう言う表現よ?」


 久しぶりにメルヘンからの突っ込み。懐かしさはまるでナッシング~。


「なにか問題でもあるのかい?」


「いや、なんも問題ねーよ」


 現代医学には届いてねー診察だが、結界を使った健康測定法は考えてある。心音、体温、血流、肌の張り、髪の質、筋肉量、体重、身長、体のサイズと、一年前となんら変わってねー。


「なんも問題ないって顔じゃないわよ。なんなの?」


「サラニラから見てオカンの体はどう見える?」


 医者の見立てを聞かせてくれや。


「どうって、健康そのもの。女から見ても理想的な体だわ」


 女から見た理想的な体がどんなもんかは知らんが、医者の目からしても健康そのものなんだろうよ。


「オカンの歳でこの若々しさをおかしいとは思わんのか?」


「まあ、あなたのお母さんだからね。若々しくても不思議じゃないでしょう」


 ハァ~。なんの偏見だよ。医者の目で見て思考しろよ。


「……なにが言いたいの?」


「二年前。オカンは末期の心臓病を患った。その話は聞いているか?」


 隠すことでもねー。親しい者は知っていることだ。オカンも病気になって息子に助けられたと茶飲み話として語ってたからな。


「ええ。聞いているわ。あなたが治したんでしょう。いったいどんな薬で治したかは聞いてないけど」


 ああ。それでか。オレが心配してることが理解できてねーのは。


「心臓病を治すために竜の心臓を食わした。これでわかるだろう?」


 仮にも医者なら竜の心臓の話は聞いているはずだ。お伽噺にもあるしな。


「……も、もしかして、不老不死になったってこと……?」


「いや、不死不死にはなってねーよ。それは完全にお伽噺だ。心臓を食ったくらいで不老不死になんかならんよ。それなら竜だって不老不死じゃねーと辻褄が合わんよ。オレとサプルで狩ったしな」


 まあ、狩ったのはオレで、解体したのはサプルだけど。


「……竜退治って、非常識も極まれりね……」


「ベーにしたら日常になってるでしょうけどね」


 竜を狩る日常ってなんだよ? ドラゴンスレイヤーじゃあるまいし。いや、ドラゴンスレイヤーがこの世にいるか知らんけどよ。


「竜の心臓は確かに万病に効くし、不老の効果を見せている」


 それがオカンが若いと見られる原因だ。


「シャニラさん、このままなの?」


「いや、緩やかだが、老化は起こっている。新陳代謝が起きてるし、妊娠もしている。それは人であることを示している。なら、不老ではねーってことだ」


 まあ、不老の状態がどんなもんであるかはわかんねーが、生きているからには生命の限界はあるはず。不滅なんてあるわけねーんだよ。


「……不老であるのはわかったわ。けど、長命種はいるんだし、問題はないんじゃ……」


「長命種は長命種同士で生きている。それはつまり、同じ時間で同じ常識で生きていることだ。サラニラは五年しか生きられない命の価値観が理解できるか? その短命に納得できるか?」


 それが親しい者なら納得なんかできねーはずだ。悲しんで、落ち込んで、命の短さを呪うはずだ。


「まあ、それは心配してねー。オカンの性格を考えたら死を受け入れて乗り越えるだろうからな」


 でなければ親父殿と再婚なんてしねーよ。


「そうね。あんたはわたしより長生きしそうだし、ちゃんと看取ってくれると信じてるわ」


 まあ、五トンのものを持っても平気な体だし、オレも竜の心臓はちょびっと食った。さらにエルクセプルを何度も飲んでいる。きっと百年は生きるだろう。


 ……だからこそ世界が平和であってくれねーと困るんだよ……。


「じゃあ、なにを心配してるねよ?」


「不老だからと言って病気にならんとは限らんし、子にどんな影響を与えているかもわからん。事例がオカン一人しかいねーんだから薬師としては心配するんだろうがよ」


 薬師や医者が今やってこれてるのは、過去に幾万もの命の犠牲があったから。初めての症状にはとんと弱いんだよ。


「そんときはそんとき。心配してもしょうがないよ」


 フフと気にした様子もなく笑うオカン。強い女だと思うよ。


「それでも、それでも命を救うために動くのが薬師なんだよ」


 そして、オトンとの約束なのだ。破るわけにはいかんよ。


「そうね。救いたいと言う矜持を忘れたら医者としての存在理由も存在意義も失われてしまうわね」


「ああ、まったくだ」


 なんにでもプライドはある。それは前提であり理由でもある。捨てろと言われて捨てられるもんじゃねーんだよ。

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