第1340話 手加減の戦い

 静かな夜が明けそうになる。


「今年は冬がなかったな」


 秋からいっきに夏になるとか、四季を知る者としては調子が狂うぜ。


「おはようさん」


 山から太陽が出て来るのを眺めていたら、茶猫が起きて来た。


「おはよーさん。早いな」


「気になってあんま眠れなかった」


 繊細な猫だこと。


「あの頭、ずっと焼いてたのか? 目覚めにあの臭いにはキツいわ」


「そうか? イイ匂いだと思うけどな」


 塩と胡椒を振りかけておいた。オーガの理性を崩壊させるレベルだろうよ。


「オーガの気配は感じるか?」


「ざわざわするが、まだ近くには来てない感じだ」


 本当に高性能な獣センサーだこと。オレにはなんも感じねーぜ。平和な朝そのものだ。


「……お前からしたらオーガなんて羽虫みたいなもんだろうさ……」


「まあ、オーガくらいの羽虫ならお前の故郷の地下にいたよ」


 バイブラスト公爵領都ブレオラスの地下にあるフュワール・レワロ──天の森で何百もの羽虫に襲われたものだ。


「いい思い出ですよね」


 オレは思い出したくないがな。永遠に封じていたいよ。


「お似合いでしたのに」


 シャラップだ、幽霊。永遠に口を閉じてろ。


「はいはい。わかりましたよ」


 ったく。出歯亀な幽霊だぜ。


「村人さん、おはよ~」


 太陽も完全に顔を出し、勇者ちゃんたちが起きてきた。はい、おはよーさん。


「オーガは? もう来ちゃった?」


「今から来るよ」


 茶猫の毛が逆立っている。こりゃ、相当な数のようだ。


「ああ。四、五十はいるな。村を囲みながら近づいて来てるよ」


「オーガの集団狩りか。ララちゃん、記録しておけよ。これは珍しい行動だぞ」


 オーガは群れない。群れたとしても家族単位だ。なのに、今回は五十近く集まって、協力して動いている。しっかり論文にして後世に残しておけよ。


「わ、わかった」


「まだ時間があるし、軽く朝食を摂っておくか」


 勇者ちゃんなら朝の軽い運動だろうが、今回は勇者ちゃんの手加減訓練と隠れている者たちを出て来させるためのもの。すぐには殺したりせず、時間をかけてなぶるのだから少しは胃に入れておいたほうがイイだろう。


「パンケーキが食べたいです!」


 との要望でパンケーキと牛乳を出して朝食を済ませた。


「イイか、勇者ちゃん。手加減の訓練なんだから殺すなよ。もし、殺したらオヤツ抜きだからな」


「えー! オヤツ抜きは嫌!」


「なら、殺すな。オーガを少しずつ削っていけ。わかったな?」


「……はぁーい……」


 素直でよろしい。


「ララちゃんもだぞ。魔法を完全に操って、少しずつ削っていけ」


 魔力失調症は治ったようだが、これまでできなかったためにコントロールができてないのだ。


「わかってるよ!」


「わかってないときの返事だよ。ララちゃんも殺したら大図書館の魔女にあることないこと伝えて悪夢を見させてやるからな」


「悪魔!」


「オレは目的のためなら外道にも悪魔にもなれる男だ!」


「悪い方向にしかいってねーじゃねーか」


「殺さずにいたらあることないこと伝えて将来有望な魔女だと勧めておいてやるよ」


「それはそれで悪夢だよ!」


 じゃあ、どうしろって言うんだよ。オレと関わって叡知の魔女さんがララちゃんを放っておくわけにはいかない。魔力失調症も治してしまったしな。いろいろ調べられるだろうよ。


「オーガが増えた。七十か八十はいるな」


「これはもう大暴走と言ってもイイかもな。まったく、大暴走のバーゲンセールだぜ」 


 こんな安売りセール、オレの人生でいらないんだよ。クソが。


「おっ。なんか一回りデカいのいるぞ。オーガキングか?」


 オーガは身長三メートルくらいあるが、オーガキングは四メートル、いや、五メートル近くはあるか? しかも棍棒なんて持ってるじゃんか。標本に欲しいくらいだぜ。


「あれ、ボクがやるね!」


 手加減が楽と踏んだのか、オーガキングへと突っ込んでいった。


「まったく、しょうがねーな。猫。お前は戦えるか?」


「おれは手加減とかできねーからな!」


 茶猫が駆け出し、オーガに爪を振るった。


 オーガの皮膚は硬い。素人が握る剣ではうぶ毛を斬るのがやっとだ。だが、茶猫の爪はオーガの皮膚をバッサリ。鮮血が吹き出した。


「えげつない爪してんな」


 ちょっとした名剣くらいの切れ味してんじゃね? いや、力もスゲーな。人だったら簡単になます切りにしてるぞ。


 オーガは絶命はしなかったが、茶猫の一振りで瀕死状態。オーガの生命力がスゴいのか、茶猫の爪がスゴいのかわからんな……。


「クソ! ムズいな!」


 その苛立ちに振り向けばララちゃんが炎を出してオーガを焼いていた。


「女の子がクソとか言っちゃイカンよ」


「うるさい! 話しかけるな!」


 ハイハイ、それはごめんなさいね。


「アハハ! こいつ強ぉ~い!」


 金色夜叉でオーガキングをボコる勇者ちゃん。君、意外とSな子なのね。


「あれならすぐには殺さんな」


 Sに目覚めるのは困るが、弱いものイジメする子じゃない。大丈夫と信じよう。


「今まさに弱いものイジメしてますけど?」


 *注意。魔物はイジメの対象には入りません。異議を申し立てる方は魔物保護団体にお願いします。あ、どこにあるかは自分でお探しくださいませ。


「オレは朧改の練習でもするかね」


 久しぶりに拳銃を出してオーガへと向けて引き金を引いた。

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