第1191話 新年

 目を覚ましたら年越し祭が終わってました。


 大した祭りじゃないとは言え、ボブラ村に我ありを示せなかったことが悔やまれる。


「今さらじゃない?」


 そんなことはない。オレがいてこそのボブラ村。オレがいないボブラ村などパンケーキに蜂蜜をかけないくらい味気ないものだ。


「なければジャムをかけたらいいくらいの存在って言ってるようなものじゃない」


 うっさいよ! 失われそうなアイデンティティを高めてるんだからチャチャ入れないで!


「ってか、なにしてんの?」


 ここは新しくオレの部屋となったキャンピングカーの中。そこでプリッつあんがダンベルを抱えながら飛び回っていた。


 ……やたらと重そうなダンベルだけど、何キロなのよ、それ……?


「体を鍛えてるの」


 なんで?


「またあんなことにならないようによ」


「体を鍛えてどうこうできるもんじゃねーぞ」


 どう言う経緯でそうなったか知らんが、結界は体力を消費するものじゃない。魂的ななにかを消費している。効果があるとは思えんのだがな。


 カイナのバカがブルー島の壁に激突して八日。主にオレから魂的ななにかを奪ったようで、プリッつあんは三日で目覚めたらしい。


 それからダンベルで体を鍛えていると、レイコさんが教えてくれた。


「オレの力を使えるんだからそんなダンベルで鍛えられるのか?」


 共存(?)が深まったときからプリッつあんも五トンのものを持っても平気な体になっている。五トン+十キロでないと鍛えられないと思うぜ。


「大丈夫。結界で身体に負荷をかけてるから」


 あ、うん、そうですか。


 天下一な武道大会でも出そうな感じだが、まあ、竜がいる世界だし、鍛えて無駄なことはあるまい。肉盾は頑丈に超したことはないからな。


 マッチョなメルヘンって誰得だろうな? なんてどうでもイイことを考えてたらミタさんがやって来た。久しぶり。


「……よかったです。お目覚めになられて……」


 ホッとした顔を見せるミタさん。


「心配かけたようだな。ありがとさん」


 別にオレがやらかしたわけじゃないが、心配してもらったのだから素直に感謝しておこう。


「館はどうだい? ちゃんと回ってるかい?」


 何人かのメイドを残して他は年末年始の休みとした。いえ、そうするように伝えました。ご尽力してくださった方々に感謝です。


「はい。お館様と奥様の邪魔にならないよう配慮しながらやっております」


「ヴィアンサプレシア号やヴィベルファクフィニー号は?」


「どちらも問題なく楽しんでいると報告がありました」


 それはなにより。年末年始は楽しく緩やかに流れて欲しいからな。


 メイドとボーイ、その家族ために開放したが、楽しくやってるのならなによりだ。


「ミタさんも休んでイイんだからな」


 言っても無駄だろうが、そう言った配慮はせんとな、雇い主としてよ。


「はい。ありがとうございます」


 休むとは言わないところがミタさんらしいよ。


「まあ、ゆっくりしてたらイイさ」


 オレが動かなければミタさんも動くこともねーだろうよ。


 オレはまだベッドから起きれるほど回復してない。年始くらいはゆっくりしてるのもイイだろう。去年はなにかと忙しかったしな。


「ベー様。お雑煮などいかがです? カイナーズで年が明けると食べられるそうですよ」


 前世が忘れられず年末年始なんて風習を勝手に創ったが、あいつもいろいろ創ってる感じだな。


「ああ。いただくよ」


 バモンがあるから作ろう──じゃなくて、作ってもらおうと思ってた。まあ、今の今まで忘れてたけどね。


「お餅は二つでよろしいですか?」


「ああ。お願い」


 ってか、異世界台無しやな。まあ、馴染んでいるならどうこう言うつもりはねーけどよ。


 関東風だか関西風だかはわからんが、椎茸にほうれん草、ナルトにネギ、そして餅と、前世を含めても久しぶりのものである……。


「……ベー様。なにか嫌いなものでも入ってましたか?」


 長いこと雑煮を見詰めていたようで、ミタさんが不思議そうに尋ねて来た。


「いや、嫌いなものはないよ。ただ、今年も楽しい年になるとイイな~と思ったまでさ」


 イイ人生なのは今さら。さらに楽しいことを望む人生としてやる。


「きっといい年になりますよ」


 ああ。そうだな。イイ年になるな。


 なんの根拠もない確信。でも、こうして新しい年を迎えられたのだから楽しくなると信じようじゃないか。誰も不幸になることを望んじゃいねーんだからよ。


「……ところで、離れのドアの前で正座してるアホはなんなの?」


 先ほどから窓から見える外の光景を尋ねた。

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