第1166話 進歩
まさに阿鼻叫喚なこの状況。利益のためとは言えよーやるわ。
まあ、オレが原因とは言え、決めたのは帝国。なので兵士が苦しんでようと泣いていようとこれっぽっちも罪悪感は涌いて来ねー。
とは言え、オレの経験となってくれるのだから誠心誠意、治療に当たらしてもらいます。
「騒ぐな! 男ならガマンしろ!」
右腕をなくした男の口に布を突っ込み、結界で傷を包んで出血を塞ぐ。
カイナーズホームで買った注射器でエルクセプルの劣化版、エルクルクを注入し、男の左腕の血管に注射する。
注射するのはこれが初めて。前世だったら問答無用でギルティーだが、医療法もない世界では完全無欠にセーフである。
劣化版とは言え、上級の回復薬並にはある。傷は塞がり、呼吸や顔色も落ち着いた。
「やはり腕は再生しないか」
別な生き物で実験したときも四肢は再生されなかった。やはり竜の血が関係するんだろうか?
「とんでもないものを持っているな」
と、大図書館の魔女が正面に現れ、眠る男を観察していた。って、周りすべて魔女に囲まれてましたよ。怖っ!
「それはなんなのだ?」
「エルクセプルは知ってます?」
「神の血と言われた神薬だろう」
帝国ではそう呼ばれてんだ。ところ変われば、ってやつだな。
「まあ、それの劣化版、いや、下位互換ですかね。わたしはエルクルクと呼んでますが」
下位互換って言葉があるかわからんが、エルクセプルよりは落ちる効果だから、オレの中では下位互換がしっくり来るのだ。
「とんでもないな」
「そうですね。材料のすべてが採れるフュワール・レワロはとんでもありません」
生命の揺り籠揃ってるかは知らないが、竜がいるのだからエルクルクは作れるはずだ。
「とんでもないは、お主に言ったのだがな。どこでそんなことを学べるのだ」
「とある薬学狂いの先生から教えてもらいました」
まったく、先生には感謝しかねーよ。
……あ、先生に苦しめられた方々には南無阿弥陀仏です……。
「世は広いのだな」
「そうですね。おもしろいことに事欠きません」
そう答え、次のケガ人へと移る。魔女さまご一行も。暇なの?
「あ、あの、その腕に射してるのはなんですか?」
次々と治療してると、メガネをかけたマジメそうな魔女さんが質問をして来た。
「注射器と言うものです」
「それはあなたが考えたもので?」
違う魔女さんが割り込んで来た。魔女は好奇心が強いのか?
「わたしが考えたわけじゃありません。昔の偉大なる医師が発明したと聞いてます」
テキトーに言いました。発明した人よ、異世界より感謝申し上げまする。
「世には偉大な者がいるのですね」
ここにいる魔女さんたちも偉大なる者なんだろうが、感じからして奢ったところはねー。知識は積み重ねが大事と知っているのだろう。
使用した注射器を結界ゴミ箱へとポイ。次のを、と思ったら打ち止めだった。
……試しに、と思ったからちょっとしか買ってなかったんだったわ……。
「まあ、充分か」
血管から回復薬を注射する有用性は知れた。飲むより血管からのほうが効きは高く、ファンタジー薬はファンタジーだってな。
「なにが充分なんですか?」
「回復薬は飲むより血管から流したほうが効きはよいってわかったからです」
これで病気にも効いたら楽なんだが、そうなったら薬師は廃業だ。そうならないために薬師の有用性を高めていきましょう、だ。
「終わりなのか?」
「注射器での治療は、ね。あとは錠剤で治療します」
この世界の回復薬はほとんどが液状だ。たまに粉にする薬師もいるくらい。錠剤にしようとする者はまだ見てない。先生も驚いてたくらいだし、まだ錠剤にする者は出てないのだろう。
で、最初になってしまっただろうオレは、効果を知るために実験──ではなく、試薬する必要があるわけなんですよ。参っちゃうよね~。
なにがと聞いたらイヤン。英知とは多大なる犠牲の上に立つものなのだよ。
内蔵が見える兵士の口に錠剤を放り込み、水で流し込む。
しばし様子を見る。
「……やはり効きが遅いな……」
液体ならすぐに効果が出るのに、錠剤は一分以上かかってしまった。
次は右の脚を大きく斬られた兵士に錠剤を飲ませると、こちらも一分以上かかってしまった。
次々と錠剤を飲ませるが、やはり一分以上かかる。それと効きも弱いような気がする。錠剤だからか? 量か? 要検討だな。
「……錠剤はダメか……?」
「ダメではない。効きが遅いだけで効果はあるのだ、要は使いようだ。傷の大小や緊急でなければ固形薬は有効だ。持ち運びもいい。それは利点だ」
さすが大図書館の魔女。理解度が高い。
「大図書館の魔女は薬学にも詳しいので?」
「すべての知識を司るのが帝国の大図書館だ。その長が無知では示しがつかぬわ」
そりゃ人外だから成せる技だろう。とは言わないでおこう。長生きしたからって知識が身につくとは限らねーんだからな。
「その錠剤とやらはやはりエルクルクなのか?」
「はい、そうですよ」
「自作か?」
「自作です」
この魔女さんは、知識を蓄える前にコミュニケーションを育てたほうがイイと思うな。わかり難いわ。
錠剤瓶を大図書館の魔女さんに渡した。
「興味があるなら使ってみてください」
「よいのか?」
「薬学が進歩するのを喜ばぬ薬師はいませんよ。いたらその薬師は三流です」
なんてイイこと言っちゃったけど、開発の手間暇を考えたら放り投げて買ったほうがイイ。オレに名誉も利益もいらねーよ。
……でも、共同開発にして得られた情報をいただければ幸いです……。
「わかった。可能な限り進歩させよう」
「楽しみにしてます」
さあ、ドンドン経験値を稼ぎましょうかね。技術向上に近道はねーんだからな。
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