第1102話 ゆるやかなキャンプです!

 村を出て幾星霜。人の営みに変わりはなく、自然は今も雄大で、星は輝きに満ちている。


「……村の皆は元気にしてるだろうか……?」


 揺れる火に語りかける。


「元気だったわよ」


「…………」


 フッ。長い旅をしているせい幻聴が聞こえるようになったぜ。


「久しぶりにサプルの料理が食いたいな」


 もう何十年と口にしてない。どんな味だったかも忘れたぜ。


「サプル様の料理ですか? ならパンケーキをどうぞ」


「…………」


 やれやれ。幻聴だけじゃなく幻視まで起こってるぜ。孤独の旅の弊害だな……。


 小さくなっていく火に薪をくべ、揺らめく火で心を癒す。


「火はイイもんだ」


「ベーが言うとなぜか危険に感じるのはなぜかしらね?」


「サプル様から聞いたのですが、前にベー様は山に火をつけて喜んでたそうですよ」


「狂気の域ね。わたしには理解できないわ」


 ちょっと大文字焼きを真似しただけだ! ちゃんと消火したし、他に燃え移ってねーんだからイイだろう! 


「クソ! オレの孤独の旅人劇に入ってくんなや!」


「もう自ら劇とか言っちゃってるし」


「あ、一人芝居ってやつですね」


「…………」


 お、落ち着け、オレ。怒りに捕らわれるな。明鏡止水明鏡止水明鏡逃避現実逃避──じゃなくて! なんで現実逃避になってんだよ! いや、似た意味で使ってるけどねっ!


「オレはゆるやかにキャンプしてんの! ゆるキャンなの! 邪魔すんな!」


「ゆるキャンって、それアウトじゃない?」


「ゆるやかなキャンプをしてんだからアウトじゃねーわ!」


 普通にアウトとか使ってんじゃねーよ! ってか、なぜオレは言いわけっぽいことを言ってんだ? もしダメならすんません。


「とにかく、オレは疲れた心を癒してんの! ゆっくりのんびりしたいの! 邪魔すんなら出てけ!」


「ベー一人にしたらなにするかわかんないじゃない。まあ、百人いてもなにするかわかんないんだけれどね」


「ですね」


 うっさいよ! 何度も言うが、オレはトラブルメーカーじゃねーんだよ。トラブルがやってくんだよ!


「一緒じゃない」


 イヤン。心の声に突っ込まないで! 


「それより、結界の外で寂しそうにしてる奇妙な生き物をなんとかしなさいよ。見てるこっちが辛いわ」


 奇妙な生き物のお前が言うな! と突っ込む前に、君、鼻歌うたいながら編み物してたよね。気にもしてなかったよね。我関せずでいたよねと突っ込みたいわ!


「野生動物だ、構うな」


 下手にエサを与えては野生動物のためにもならんし、ここに住む者にも迷惑。放置が一番だ。


 枝に刺したマシュマロを取り、はふはふ言いながらいただく。あーマシュマロうめ~。


「ベー様。なにかこちらに向かって来る気配があります。数は六。一二時、二時、四時、六時、九時、十時です」


 あ、この方はお初で竜人のメイドさんね。手には漢字四文字が似合いそうな大剣を持っています。あと、結界内では振り回さないでね。危ないから。


「危険な気配ですか?」


 ミタさんもライフル銃を出して構えます。ちなみにメイドさんは全部で六人。ほんと、キャンプ感ゼロだよ!


「いえ、それほどではありません。剣で一薙ぎくらいの気配です」


 うん。それは君の基準だね。まあ、ここにいるメイドさんズなら兎もオーガも大差ないだろうよ。クラーケンとか秒殺だし。


「奇妙な生き物がパニック起こしてるわよ」


「カイナに噛みつくんだから大丈夫だろう」


 生物の頂点くらいにいるんだし、自分でなんとかしろ。仮に食われたところで自然の営み。近寄って来る生き物の糧となれ、だ。


「美味しそうな匂いがする!」


 と、内ポケットからウパ子が出て来た。こいつもアリザと同じでグルメ細胞を持つ生き物か?


「食いたいのか?」


 君もよく食うよね。さっき、一メートルの魚を食べたでしょ。その今の体で。


「食べたい! 焼いたのが食べたい!」


 野生の証明としてそこは生で食えよ。君、立派なシュゼンヴィール(調べたら餓竜っての意味らしい)になれんぞ。


「ミタさん。捕獲お願い。死んでてもイイからさ」


 まあ、さすがに暴れ食いされてはゆるキャンがさらに台無しになる。キャンプでは肉を焼くべきだ。


 ……ってか、焼かないと怖くて食えんわ。バイ菌とか病気とかあるしな……。


「畏まりました」


 他のメイドさんズも了解とばかりに各々が持つ武器を構えた。


「じゃあ、結界を解くぞ。ほい」


 メイドさんズにわかるよう結界は網目状にしてあるのです。


「速やかに狩れ!」


 解かれると同時にメイドさんズが闇の中へと消えていった。


「……そして、この地から消え去りましたとさ……」


 いや、しねーよ! なに人を殺戮者にしてんだよ! いや、そうなったこともないとは言えないけどさ……。


 メルヘンの非難の目から逃げるようにコーヒーをいただく。あーウメー!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る