第1092話 人の心は複雑怪奇

 今日も朝からコーヒー三昧。あー旨いったりゃありゃしない。


「……べーの人生、コーヒー飲んで終わりそうだね……」


 それならそれでイイ人生だ。命尽きるそのときまでコーヒーを飲んでいたいものである。


「で、なによ?」


 優雅に華麗にコーヒーを楽しんでいたら、完全武装のカイナがやって来て、そんなことをおっしゃいました。暇なの?


「暇してるのはべーのほうでしょ。おれは忙しいの」


 心の声に反応しないで。エスパーはメルヘンだけで充分です。


「プリちゃんが来たよ」


 さいですか。無事到着してなによりです。と、コーヒー三昧を続けた。


「いや、出迎えてやりなよ。べーのために来たんだからさ」


 別に迎えるならここでもイイじゃん。どうせ降りるのはカイナーズで借り受けた飛行場。周りの目など完全無欠に無視して車で来るんだからよ。


 ……侵略じゃねーんだからもっと自重しやがれってんだ……。


「べー様。たまには外の空気を吸うのもよろしいかと思いますよ」


 と、ミタさんが合いの手を出して来た。


 空気清浄結界内にいるほうがよろしいかと思うのだが、まあ、確かに六日は籠りすぎか。健全とは言えねーな。


「そろそろ街も落ち着いただろうし、様子見がてらいってみるか」


「ってか、なんで老人の姿になってるの? 寝るときもその姿だって言うじゃない」


「人の目を逸らすためさ。あと、思い込みさせる、ってのもあるな」


「逸らす? 思い込み? どう言う意味?」


「元のオレは目立つ。能力や態度、行動すべてがな」


 これで目立ちたくねーとか言うヤツは頭に蛆がわいてるか精神がおかしいかだ。五、六回死んで精神を去勢しやがれってんだ。


「まあ、べーだしね」


 その納得に一言物申したいが、まあ、ここらサラリと流しておこう。


「異質な者を前にしたとき、人はそいつをどう思う?」


 お前は、その答えを身を持って学んだろう。


「……気味悪がり排除しようと思う……」


「そうだな。だからこそ受け入れてくれた人は宝だ。守るべき存在だ。一生を懸けて付き合うだけの価値がある」


 カイナは黙って頷いた。


「存在自体を消すことはできねー。だが、人の目や思いを逸らしてやることは可能なんだよ」


 人は相手を第一印象で決める。ならば、最初に笑顔で接し、しばらくイイ人を演じれば大概の者は、こいつはイイ人なんだと思い込む。


 まあ、それは一例で、イイ人はすぐボロが出るのでお勧めはしねー。やるんなら悪い方向のほうがイイだろう。


「不気味なクソガキと生意気なクソガキ、どっちがマシだと思う。いや、人はどっちのほうが受け入れやすいと思う?」


「……生意気なクソガキ、かな……」


「そうだ。人は理解できない者を嫌うからだ」


 ならば生意気なクソガキを演じればイイ。イイ人を演じるより数百倍楽だ。演技力がない人は心を強くすることに努力してください。


「それはそれで辛くない? 偽ってるってことでしょう?」


「その偽りを看破する者がいる。騙されてくれない者がいる。呆れながらも側にいてくれる者がいる。お前らしいと認めてくれる者がいる。それでどうして辛くなる? つい意固地になって元の性格を忘れそうだわ」


 精神が歪んだ、と言えなくもないが、まあ、オレは今のオレを気に入っている。そのまま続けろ、だ。


「なんて、それも逸らしのテクニック。思い込ませるための演技。お前は好きなようにオレを見たらイイさ。オレもお前を好きな様に見てんだからよ」


 人の心なんざ複雑怪奇。わかった様でわからないもの。好きな様に見ろ、だ。


 最後のコーヒーを飲み干し、ソファーから腰を上げた。


「んじゃ、いくか」


 案内、お願いしやす。


「……ほんと、複雑怪奇なべーだよ……」


 誉め言葉として受け取っておくよ。

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