第1036話 強い男

「まずは、腹を満たして鋭気を養え」


 たぶん、半日くらいは飲まず食わずだっただろうし、精神的にも参っているはず。話はそれからだ。


「いえ、わたしは大丈夫です。二日三日寝られないことはよくありましたからね。ただ、服と酒をください」


 毛布をかけてるが、見える脚は素肌が見えていた。


 こんなときのミタさん。よろしこ。


「カーチェ様。こちらに」


 クルーザーの中に連れていった。中にあんのか?


 まあ、中に連れていくのだからあるのだろう。シャワー室から台所、部屋も八つくらいあるんだからよ。


 甲板に戻り、炬燵を仕舞う。カーチェに炬燵は辛いだろうからな。


 テーブルと椅子を出す。


「ベー様。カーチェ様はなにをお飲みになりますか?」


 って訊いてきたのは一本角の鬼のねーちゃん。また新たなメイドが現れたな。


「葡萄酒とブランデーを出してくれ。葡萄酒は冷たいのと温かいやつを両方。ブランデーは氷でイイ。ツマミは豆やクラッカーで頼む。本格的に食いたいってときは野菜鍋でも作ってくれ」


「畏まりました。ベー様はいかがなさいますか?」


「オレはコーヒーでイイや」


 なんかちょっと胃が重くなってきた。さっき食べた塩大福が今さらながら膨らんできたぜ。


「では、すぐに用意します」


 あいよと答え、椅子に座った。


 しばらくしてコーヒーが運ばれてきて、ありがたくいただく。ん? これ、ミタさんじゃないヤツが淹れなな。


 違いがわかるオレ。カッケー! でもないか。これだけ味に違いがあれば。


「もうちょいだな」


 下がった一本角の鬼のねーちゃんに聞こえるかはわからんが、がんばって淹れてくれたのだから感想は返しておかんとよ。


 コーヒーを飲み干した頃、白い軍服っぽいものを着たカーチェがやって来た。


「なんか、エルフには微妙だな」


 エルフを知ってるだけに妙に思えるわ。


「そうですか? わたしは気に入ってるんですがね」


「それは、標準装備なのか?」


 腰の拳銃は納得するとして、肩に担ぐライフル銃は必要なのか? いや、うちのメイドもたまに持ってるがよ。


「持ってないと不安なので」


 それは危ない病気にかかってんじゃねーの? とか思いはしたが、カーチェたちは銃と魔法の住人。バットと魔法の住人が口出すことじゃねー。


「好きにしな」


 椅子を勧め、座るとミタさんが酒を持ってきてくれた。


「葡萄酒とブランデー、どちらになさいますか?」


「ブランデーをストレートで」


 グラスにブランデーがそのまま注がれ、一気に飲み干すカーチェ。ブランデーって度数高いのに大丈夫なのか?


「あとはわたしがやります」


 ミタさんからブランデーを受け取り、ラッパ飲みした。


 ……平然としてるが、心の中は相当煮えくり返っているようだな……。


 ミタさんに目を向け、もっと持ってきてくれるよう念を送った。


 黙って頷くと、三人いた中のセイワ族のメイドさんが盆に載せて持ってきた。


 テーブルに置くと、一礼して去って行った。メイドの仕事もできるんだな。


 なんかベッタベタなクラーケンを倒す姿が瞼に強く焼きついてるからメイドの格好をしていてもメイドであることを忘れるよ。


 ドン! と音がして視線をカーチェに戻すと、肩を震わせながら俯いていた。


「……悔しいです……」


 ボソッとカーチェが呟いた。


「負けて悔しいか、手も足も出なかったのが悔しいのか、己の不甲斐なさが悔しいのか、守れなかったことが悔しいのか、どれだい?」


「──全部だっ!」


 声を荒げるカーチェ。そんな一面もあったんだな。いつもクールだから新鮮だわ。


「なにもできなかった! なにもだ!」


 今度は拳を強く握り絞めて瓶を砕いてしまった。


 動こうとするミタさんを手で止める。それに素早く反応し、一礼して元の位置に戻った。


「クソッ! クソッ! クソッ!」


 エルフも、いや、カーチェだからここまで悔しがるのだろう。でなきゃ冒険に出ようなんてしないよ。


 何度も何度もテーブルを叩き、その悔しさをぶつける。


 まあ、怒れて、発散できるなら精神状態は良好だろう。好きなだけ叩け、だ。


 しばらくして怒りが鎮まったようで、深くて長いため息を吐き、顔を上げた。


「……みっともない姿を晒しました……」


「なに一つみっともなくないし、みっともないとも思わない。それどころか、その強い意志に感服したよ。さすが親父殿の仲間だ」


 どんなことが起こったかは知らない。だが、あれほどのことがあって心が折れてないのはさすがとしか言いようがねー。同じ男として憧れるわ。


「……まったく……」


 と、なぜか肩を落とすカーチェ。なんでだよ?


「いえ、それがベーでしたね」


 俯きながら肩を揺らし、そして、笑い出した。


「礼を言ってませんでしたね。救ってくれてありがとうございます」


「それは救ってくれた人に言いな。オレには不要だ」


 家族と友達を救うのはオレの勝手。オレの我が儘。オレが満足すればイイことだ。


「相変わらずですね。なら、陰で感謝させてもらいます」


 悪戯っぽく笑うカーチェにそっぽを向く。勝手にしろ。


「よし! 元気が出た! すまないが、食事を頼みます」


 よろしく、とミタさんに微笑んだ。

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