第1025話 イエス、マイロード

 平和である。


 剣と魔法の血生臭いファンタジーワールドのクセに平和である。


 まあ、剣も魔法も関係なく生きてる者は沢山いるし、常に戦争や弱肉強食があるわけではねー。オレも魔法は使うが、バカとアホのファンタジーワールドで生きてると自負する。


 そんなオレの日々はこんな感じである。


 朝起きて軽く運動した後、所定の場所となった炬燵に浸かり、ゆっくり朝食を摂り、食後はコーヒーブレイク。昼食までのんびり。


 腹は減らないので昼食はフ○ーチェを一杯。また夕食までのんびり。


 夕食は鍋やすき焼きと、ちょっと豪勢にいただく。腹ごなしのコーヒーを飲みながら夜空を眺める。


 十時くらいに風呂に入り、十一時には就寝する。


 なんとも平和な日々を過ごしている。だが、これがスローライフかと問われると首を傾げるしかないだろう。


 ぶっちゃけ、スローライフの意味なんか知らねーし、なんか田舎でのんびり暮らす的な感じだと思ってた。


 今になって完全否定!? とか言っちゃイヤン。文句があんならもっと早く言えや! スローライフとはこう言うものだとか示しやがれ! 今さら否定されてもキョトンだわ! なに言っちゃってんの、だよ。そう言うのは誰もが認めるスローライフの定義を語ってから言いやがれ。後出しの言葉にはなんら重みも説得力もねーんだよ! スローライフを語ってイイのはスローライフを知っているヤツだけだ!


 うん。真っ先にお前が黙れ、だな。


 ………………。


 …………。


 ……。


 オホン! まあ、なんだ。叫んだところで意味はなし。オレの考えた最強のスローライフを初志貫徹しましょう、だ。


 で、だ。平和なんですよ。これってないくらい。いや、オレのいるところ限定ですが。


 いや、どう思うも平和でイイじゃねーか。なにが不満なんだよ?


 不満ではない。ただ、この平和が怖い、的な? 感じ? なに事もなさ過ぎて逆に不安になるわ! この平和の揺り返しが怖いわ!


 なんかあると、オレ勘が言っている。これが外れないと、どうしようもなくわかっている人生だから怖くてしょうがねーよ?


「ベー。いくら暇だからってダラケ過ぎよ。もうちょっとしっかりしなさい」


 ケッ。見る目のないメルヘンが。人はうわべでなく、うちで悩むものなんだよ。


 いつの間にか流れたヨダレを温かい濡れタオルで拭いてくれるミタさん。あ、サンキューです。


 タオルをもらい、顔全体を拭いた。あー気持ちイイ~。


「十日も平和とか、どこかで魔王が暗躍してるのかもな」


「え? ダラケてた姿しか見てないけど」


 なんでオレを見ておっしゃるんですか。どこかで暗躍している魔王に言いなさいよ。


「はぁ~。暇だなぁ~」


「全身全霊をかけてダラケてるのを楽しんでいるようにしか見えないんだけど?」


 だから見た目に騙されちゃダメ。内心は暇過ぎて死にそうなんですから。


「あ、ミタさん。ミカンある? なんか酸っぱいものが食べたくなった」


「では、デコポンはいかがです?」


「じゃあ、それで。あと剥いて」


 デコポンの剥き方なんて忘れたよ。ってか、この世界にデコポンがあったことに驚きだよ! 産地どこよ!?


「ジオフロントで試験的に栽培してるんです」


 あ、うん、さようですか。生産に乗れるとイイね。


 器用に内皮まで剥いてくれたデコポンを爪楊枝に刺してありがたくいただきます。うん、こんな味だったっけ?


 旨いのは旨いんだが、記憶にあるデコポンと一致しない。デコポンってより夏みかんっぽくね? まあ、前世でそう食ったわけじゃねーので気のせいかも知れんけどよ。まあ、デコポンと言うならこれはデコポンなんだろう。


 適度な酸味とほどよい甘味。適度とほどよいってなにが違うんだろうと思いながらデコポンをムシャモシャ。あーウメ~。 


 ──パン!


 突然、破裂音が轟いた。


「きゃっ!」


 炬燵の上で炬燵に浸かるプリッつあんが跳び跳ねた。


「なに事ですかっ!?」


 銃を構えたミタさんと武装したメイドさんが三人、もうクルーザーが沈むよってくらいのいろは団が現れ、オレを取り囲んだ。


 頭は冷静に状況を把握しているのに、感情が追いついてくれない。


 あり得ねー! マジあり得ねーよ!! なんだよこれ!? なんだって言うんだよ!? カイナ級のが他にもいんのかよ!! この世界マジおかしいだろう!!


「ベー様!」


 ミタさんに揺さぶられて感情を取り戻した。


「シュンパネでクルーザーごとブララ島の沖合いに転移する! ミタさん操縦しろ。やり方はプリッシュ号と同じだ!」


「畏まりました!」


 炬燵から飛び出し、船首に立つと同時にクルーザーが発進する。


「いろは、ドレミ、本気のカイナと戦えるくらいの武装をしろ! 万が一のときは分離体を犠牲にしろ!」


 それならカイナから十秒くらいは稼げるはずだ。


「「イエス、マイロード」」


 あんたらどこでかぶれてきたん! とか突っ込んで緊張をほぐしたかったが、思った以上に緊張して突っ込めなかった。


 深呼吸を三回。気を引き締めてシュンパネを出して構える。


「ブララ島へ!」


 沖合いを思い浮かべ、クルーザーごと瞬間移動した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る