第955話 カッコイイフレーズ

 三十分ほどして第二夫人とミタさんが戻って来た。


「遅くなりました」


 嬉しそうな第二夫人。太らないよう注意してね。


「ベー様。新しい家に転移できないのですが」


 すっとオレの背後に回ったミタさんがそっと囁いた。あ、言うの忘れてたわ。


「あそこには特別な力で覆われているから転移バッチもシュンパネも使えねーんだよ。だから扉を設置してんのさ」


 創ったヤツがスゴいのか、エリナでもできなかった。ただ、オレの結界と相性がイイのか、結界を纏ったままだと転移できるのだ。


「なんか問題があったのかい?」


「いえ、物を取りにいこうとして不発になったものですから」


 転移バッチの優秀なところだな。飛んでった先で弾かれるのではなく、発動しないようになってるんだからな。


「それと、新しい家はブルーヴィと呼称してよろしいのでしょうか?」


「あーそうだな。ブルーヴィは空鯨の名前だし、なんか別の名前にしーねと不便か。なににすっかな?」


「前みたいに離れでいいんじゃない」


 と、プリッつあんが提案を出して来た。


「そうだな。離れでイイか」


 事実、館から離れたし、語呂もイイ。うん、それに決定~。


「わかりました。離れと通達します」


 誰に通達するかわからんが、まあ、よろしこ。


「なんの話だ?」


 公爵どのが不思議な顔で訊いて来た。


「オレ、館から出で離れに暮らすことにしたんだよ。なんかもう、自分の家って感じなくなったんでな」


 小市民なオレには小ぢんまりした家が落ち着く。あ、炬燵と座椅子が欲しくなった。囲炉裏を退けて炬燵間にするか。


「……お前のことだからただの離れではあるまい……?」


「離れは元の家だよ」


「離れがある場所はとんでもないけどね」


 肩を竦めるメルヘンさん。まあ、否定はしねー。


「プリッシュ、どんな場所なんだ?」


「全貌が見えなかったからよくわからないんだけど、空鯨っての生き物の背にあるのよ」


 ?を頭に咲かせる公爵どの。


「暇ができたら案内してやるよ」


「ああ、落ち着けたらな。今はバイブラストのことで精一杯だからよ」


「そのほうがいいわよ。ベーのやることには余裕を持ってないと気が狂いそうになるからね」


 オレも君の行動には心を広くしないと気が狂いそうになるよ。


「そうだな。こいつは常人の斜め上を竜が如く飛んで行くからな。で、なにがどうなってるんだ? 言葉を沢山使って、子供に教えるように説明しやがれ」


「なんだよ、それは? どんだけ自分を卑下してんだよ」


「お前の説明不足を罵ってんだよ! とにかく、わかるように説明しやがれ!」


 なんの逆切れだよ。オレはちゃんとわかるように説明してるわ。と言っても納得されないだろうから反論はしませんです、ハイ。


 コーヒーのお代わりをミタさんに注いでもらい、香りを楽しんでから口に含んだ。


「……まず、どこから話そうか……?」


 よく考えたらこの一連の事は繋がっており、どこが始まりだかもわからねー。公爵どのが知らないだけで問題は上がっていたからな。


「なんつーか、バイブラストの歴史は天地崩壊から続いている。だが、地上に出てから多分、千年も経ってない感じかな? 公爵どので何代目だ?」


「四十二代目だ。ただ、帝国の臣となってから、だがな」


「確か、元は小国で、何百年前かに帝国に併合されたんだっけ?」


 そこまでバイブラストの歴史に興味がなかったからざっくばらんにしか記憶にねーがよ。


「ああ。バイブラスト王国時の歴史は併合時に失われたようだがな」


「なぜ、失われたんだ?」


「わからん。記録がないのだ」


「……そのとき、決別したのかもな」


 もう箱庭には頼らず、地上で生きようと思ったのだろう。あれは、麻薬のようなもの。頼ったままだったら帝国に奪われていたかも知れんしな。


「とにかく、領都の下には豊穣の土地があり、失われた動植物が今も生息している。その価値は、帝国を敵にしても惜しくはねーだろう」


 それは、エルクセプルで十二分にわかるはずだ。


「さっきも言ったが、箱庭のことは忘れて、すべてをカーレント嬢に託すのが最善の選択なんだよ」


 そして、説明が省けてオレも助かるし、未曾有の危機にと伝わっているのならそのままにしておくほうがイイ。下手に手を出すのは悪手だ。


「エルクセプルを知って、放棄しろと言うのか?」


「そうだ。エルクセプルを知ったからと言って、材料がなにか、調合はどうするか、バイブラスト、いや、帝国に知る者はいるか? いたとして、箱庭に入れるのか? 数百年ほっといたせいで、あそこはバケモノの巣だ。A級冒険者が百人いても一日として生きられねー。一つ目巨人とかマジでいやがったぜ」


 お伽噺話にはよく出て来るバケモノだが、マジでバケモノだった。下手な竜より凶悪だったぜ。まあ、それ以上のバケモノがこちら側にいましたけどねっ。


「……そんなバケモノの巣で暴れ回っているお前の姿が容易に想像できるよ……」


「S級村人だからな」


「もう、人外だわ! 全世界の村人に謝りやがれ!」


 断る! オレは村人の頂点に立つ男だ! ん? なんかカッコイイフレーズだな。よし、今日からオレの決めゼリフにしよう。まあ、使いどころは少なさそうだがよ……。

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