第934話 神に願いを

 ……なんだろう。このいつでも誰でもウェルカムな雰囲気を出している装飾の数々は? オレはどこの不思議な国に迷い込んだんだ……。


 貯水槽的な場所から約五十メートル進み、主流から支流に入り十メートルほど進んだら、なにか「クリスマス会でもやってんの?」と言いたくなるくらいの、デコレーションされた扉が現れた。


 感じるまでもなくヤバゲな気配を漂わせていたが、なんの躊躇いもなくカバ子が扉を開けてしまった。


「……不用心だろうが……」


 カバ子への注意であり、デコレーションな扉の向こうにいるヤツに向けて言った。


「だって開いてますって書かれてあるんだもん」


 カバ子が指す先を見ると、確かに書いてあった。なんか丸文字で……。


 このとき無理矢理にでも帰っていれば、なんて後の祭り。左右に飾られた無駄に見事なフェルト細工に見とれていたら、なにやらラスボス的な扉の前まで来てしまっていた。


 いや、まだ間に合うと、振り返ろうとした瞬間、デフォルトなウサギが彫られた扉が開いてしまった。


 ……運命はオレを逃さない気か……。


「なんだろうね?」


「なにかのお店かしら?」


 この状況になんの違和感も感じないケダモノども。不用心にも扉を潜ってしまった。


 じゃ、あとはお前らで! と回れ右したらルンタの尻尾に絡められ、強制的に扉を潜らされてしまった。


 はーなーせー!


「あ、美味しいのがいる!」


「ルンタ、待ちなさい」


「なんで~?」


 なにやら背後で不測の展開が起こっているようです。隊長どの、すぐにでも離脱するべきと意見具申します!


「……囲まれてるわ……」


 囲まれてる? と辺りを見回したら、半透明の浮遊するタコに囲まれてました。


 ……え? 幽霊……?


「はぁー。獣霊じゅうれいなんて初めて見ました」


 ぬおっ!! って、レイコさんかい! びっくりさせんなよ! おしっこチビるわ!


 クソ! いるなら存在を示しやがれ! 狙ってやってたら即行徐霊すんぞ!


「ふよふよ浮いてるね? 精霊かな?」


「下等な幽霊よ。気にしなくてもいいわ」


 なにやら幽霊に精通したようなカバ子さん。そうなの? 幽霊のカテゴリーに辛うじて入っているレイコさん?


「わたし、ただの幽霊ですからね」


 うん。自分のことを『タダの』とか言うヤツにタダがいたためしはねー。って言われたことがあるので、オレはS級な村人と言うようになりました。


「美味しいのは~?」


「水の中にいるわ。でも、食べちゃダメよ。さっきルンタが食べたのとは違うから」


 違うとな? レイコさん、ちょっと見て来てよ。オレは下水に顔を入れたくないからさ。


「……幽霊な身なので害はありませんが、心情的に嫌です……」


 チッ。自己主張の強い幽霊め。


「でも、カバ子さんの言う通り、並のグラーニーではありませんね。魔力より霊力が強いです」


 また新種さんですか? もう生命の神秘はお腹いっぱいなんですけど。


 と、浮遊していた幽霊タコが火の玉のように光を放ち始めた。


 ……結構明るいな。これなら結界に閉じ込めて街灯代わりになんじゃね……?


 地味に有効利用がありそうな光るタコを眺めていると、ぞわっとするくらいの魔力と霊力が同時に膨れ上がった。


 ……なんだ、この押し潰されそうなほどの圧力は? お玉さんに匹敵……はしねーが、なぜか股間がキュッとするぜ……。


「まあ、お客さんかしら?」


 年の若い、女の声が上がった。


「ボク、ルンタ! よろしくね」


「わたしは、リリーよ」


 なに普通に挨拶してんだ、この珍獣どもは? 明らかに異常事態だろうが! 第一種戦闘態勢に移行しろや!


「まあ、可愛いお名前ね。わたしは、キャロリーヌよ」


 そう言うあなたも可愛い名前ですよ。ルンタに締めつけられてご尊顔を拝謁することはできませんがね。つーか、そろそろ解放してください、ルンタくんよ!


 ……あ、でも、このままいない子にしてもらえると助かるかも……。


 なんてフリをかましたのがいけなかったのだろう。珍獣のクセに気を利かせたルンタくんが尻尾を動かして前と突き出した。


「あ、これはベーだよ」


 家族にこれ扱いされるオレ。悲しいです!


「まあ、可愛らしい子。黒いドレスが似合いそうだわ」


 は? ドレスが似合う? なに言っちゃってんの?


 意味不明なことを言うヤツに意識を向けて、時間停止の意思喪失。神よ、我にしばしの意識喪失を与えたまえ!


 はふっ──。

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