第915話 丸めてポイ
なにはともあれ、まずは公爵どのに筋は通しておくか。勝手に動いても迷惑なだけだしよ。
解体したのも解体中なのも無限鞄に仕舞い込み、血で汚れた側路を水(結界で下水を掬いました)で洗い流した。
「一旦外に出るぞ」
「好きにしろよ、もう」
なんか投げやりな茶猫くん。どうしたのよ?
「マスター。マーロー様たちの荷物はよろしいのですか?」
マーロー? 誰や?
ドレミに目で問いかけると、視線を茶猫に向けた。あ、こいつのことね。そんな名前だったんだ。
「マーロー様。住み処としていたところは遠いのですか?」
「え、あ、いや、そう遠くはないが……」
「でしたら、まずはそこに向かってはどうでしょう?」
なにやら空気が読めるドレミさん。いたらないマスターでゴメンよ。反省はしないけど。
「なら、そうするか。案内しろ」
茶猫の後ろ首をつかんでテーブルから放り投げた。
「鬼か!」
「村人だって言ってんだろうが」
文句を言う茶猫を急かして住み処へと案内させる。
領都の下水道は網の目ではなく、まるでアミダくじのように下流方向へと広がっていた。
「煉瓦組みや石組み、汚れ具合からして後から造られたようですね」
牙ネズミ&タコ問題より下水道の造りに興味津々なレイコさん。まったく、ブレない幽霊だよ。
興味のないオレは、レイコさんの考察を聞きながら上下に揺れる茶猫のしっぽの後を追う。
途中、牙ネズミが現れたが、襲って来るもの以外は放置し、襲って来たのは生きたまま捕獲。収納鞄へと放り込んだ。
歩くこと約十五分。袋小路で茶猫が止まった。
「壁の中央、右側にへっ込んだところがある。右に押せ。引き戸になってるから」
と言うのでやってみると、簡単に開いた。
「機械式……ではなく、魔法的仕組みか。なかなか高度な仕掛けだこと」
どうなっているかはわからんが、たぶん、付与魔法的な仕掛けなんだろうよ。
壁の向こうは木製のドアがあった。
これには魔法的な仕掛けはなく、たんなる内開き戸だった。
「蝶番が新しいな。修理したのか?」
「ハローニが直した。工作が得意なヤツなんだ」
三兄弟の長男がハローニって言うそうだ。
「もし、木工に興味があるんならうちに専属木工職人を紹介するぜ」
「……ハローニに話してみる」
まあ、家族会議で決めてくれ。お前らの意見を尊重するからよ。
ドアを潜ると、階段が上に続いていた。
十七段上がると、またドアが現れた──が、元鉄格子だったところをありあわせの板を使ってドアにしました的なものだった。雑だな。
「しょうがないだろう。スラムじゃゴミだって有料なんだからよ」
スラム、想像以上に厳しいところなんだな。
ドアを開けると、また階段。だが、四段しかなく、上がるとそこは炊事場っぽいところだった。
小さな水瓶が四つにコンロのような火鉢。たぶん、食料が入っているだろう袋が二つ、壁にかかっていた。
「火は魔術か?」
「ああ。明かりとりにも料理にも使える便利なものだぜ」
さすが帝国。魔術の技術はうちの国とは段違いだな。
「持って行くものはあるか? 別に持っていかなくても生活に必要なものは大体揃ってるぞ。望むなら一人一部屋でもイイしよ」
意外と一人一部屋って慣れてない者にはハードルが高かったりするのだ。
「一応、全部持っていく。皆で稼いで買ったものだし」
そうかとだけ答え、無限鞄に仕舞い込んだ。
「奥にも部屋があるのか?」
炊事場っぽいところは四畳くらいあり、家がない者なら充分暮らせる広さだろう。家のあるオレには厳しいけど。
「ああ。そこがメインルーム」
メインルームとやらと炊事場っぽいところの境には、ボロ布が暖簾のようにかけてあり、それを潜ると、十畳ほどの広さがある部屋だった。
しっかりとした煉瓦積みで、小さな暖炉まであり、ここが地下だとは思えないくらい豪華……とまでは言えないものの、並み以上には優れた部屋であった。
「……さしずめ、ファンタジー版座敷牢ってとこだな……」
茶猫に聞いたときから予想はしてたが、見た限りではほぼ正解だろう。つーか、それ以外の使い道が想像できねーわ。
「おれもそう思う。上にはデッカイ屋敷があったからよ」
「貴族の屋敷か?」
「いや、なんかの店だった。そこの上に続く通路は倉庫に繋がってたし」
茶猫が見る先には、四十センチ四方の鉄格子があり、広げたような隙間から中を覗くと、上に続いていた。
梯子がないところを見ると、縄梯子かロープで乗り降りするんだろう。まず、ここからは逃げられはしないだろう。
「最初は避難部屋だったのではないですか? 下水道に繋がってますし」
「だな。後から座敷牢に改造したんだろうよ」
いろんなヤツにあっていろんなことを聞いて来たが、座敷牢的なものがあるなんて一度も聞いた記憶がない。この時代、隠すより消せ、だからな。
「お前が来たとき、ここは空だったのか?」
「いや、人骨があった。服からして女だと思う」
そりゃまたお気の毒に。
「その人骨はどうしたんだ?」
「布に包んで下水に流した。この体じゃ運び出すのも大変だし、埋葬もしてやれんからな」
一応、供養のために野花を摘んで一緒に流したようだ。呪われるのもイヤだから、だってよ。
「まあ、弔われねーよりは弔われたほうが仏さんも喜ぶだろうよ」
死んだヤツにはわからんだろうが、生きてるヤツにはそれしかできねーからな。
「しかし、こんなところに閉じ込められてた割には狂った跡がねーな」
壁はキレイなもので、本棚や木製のベッドにも傷一つなかった。
「それはおれも思った。部屋も整頓されてたし服も綺麗だった。最初、なんかの修行かと思ったくらいだし」
「本や服はどうしたんだ?」
「売った。スラムじゃ売れないものはないからな」
それは残念。持ち物から人物を想像できたのにな。
まあ、ないのならしょうがないと、荷物を無限鞄に仕舞って帰ろうとしたら、ドレミが辺りを見回していた。なんかいんのか?
猫じゃないが、猫はたまに虚空を見ているときがあるらしい。ヘイ、幽霊さん、変なのはいないよね?
「ここにはいません」
じゃあ、どこにいるんだよって問いは丸めてポイ。かかわり合いたくはありません。
「ドレミ、どうしたんだ!」
「いえ、なんでもありません」
明らかになんかありますだが、関わらなければなにもないと同じこと。いろいろ丸めてポイ、しましょう、だ。
そして、オレたちは地上に戻った。なんの問題もなく、な。
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