第859話 好都合

「……お前は、なにを危惧しているんだ?」


「この遭遇にだよ。公爵どのは、なにに対して由々しき事態と言ったんだ?」


「違う種族がいることだ。お前のところと違って帝国は人族で占められている。まあ、獣人はいるし、亜人もいるが、帝国では奴隷に近い存在だ。多少、群れたとしてもそれほど問題視はされていない」


 帝国も様々だが、人至上主義が大半を占めている。聖王国や宗教国家に近いほど、そうだと聞いたことがある。


「共存共栄なんて夢物語か」


「帝国では、な。つーか、お前のところが異常なんだからな」


「共存共栄が異常と言うならオレは異常でイイよ」


 そんなクソったれな常識を受け入れるくらいなら異常で結構。オレは共存共栄万歳派だ。


「ねぇ、父様。ベーと父様の危惧って、どちらも同じことじゃない?」


「似て非なる大問題だ」


「そう、だな。おれは、人魚がいたことで領地が危機に晒されることが心配だ。しかも、他から口出されるのが一番困る」


 よくわかってないレディ・カレット。まあ、十一、二の女の子に、政治とか柵とかはわからんだろうよ。


「種族間戦争とか最悪だしな」


「どちらかが滅びるまで。魔大陸を見ているだけに笑えんよ」


 あそこは何千年と種族間戦争をして来たところ。その悲惨さは想像もできんだろうさ。経験してきたミタさんも顔をしかめているぜ。


「ベーは、どうとらえているんだ?」


「人魚は水を支配する。いや、それは正しくはないか。んーと、だ。人魚ってのは水と共にあり、水なしでは生きられない生き物なんだよ。だから水魔法は滅法強力だ。さあ、そんな種族がもし、水と水の間を移動できたらどうなる?」


 いや、まだそんな転移系の魔法かどうかはわからないが、湖と湖を繋げられる力があり、地下水を操れたら、なんて考えただけでぞっとするわ。


「そして、この人魚の文明文化は高い。この革鎧の作りを見ただけでわかるし、オレとの受け答えからもわかる。これは、数がいなくては生まれないことだ」


 まあ、何人かなんてわからんが、少なくとも万単位でいると、オレは考えるぜ。


「そんな種族が近くにいる。オレならなにを置いても仲良くするがな」


 まず仲良くなって損はねー。なんたって水に苦労することはないんだからよ。


「……益々厄介だな……」


 他種族を知り、交流をしてきただけにその厄介事が理解できるんだろう。だが、オレから言わせれば益々好都合、だ。


「公爵どのは、どうするつもりだい?」


 ここは帝国で、公爵どのが治める領地だ。オレがどうこう言う資格はない。まあ、求められたら吝かではないがな。


「正直、見なかったことにできれば幸いだ」


 心情的にはよくわかるよ。前世でたとえるなら宇宙人が現れたようなもの。対応する役人や政府は大混乱になるだろうよ。


「そうしたいのならそうすればイイさ。幸い、現れたのはこの人魚だけ。領民になにか適当な理由をつけて誤魔化し、この人魚さんにはどこかへいってもらう。昨日と同じ今日が続くぜ」


「そして、人魚が大軍で現れて領地大混乱ってオチなんだろう? 最悪な選択だ」


 まあ、オレも最悪な選択を示したんだがな。


「頼む、ベー。知恵を貸してくれ。おれにはなにも思いつかん」


 頭を下げる公爵どの。それを見て驚くレディ・カレット。バイブラスト領でしか見られない珍光景だな。


 それじゃ領主として失格だろう、と言うのは簡単。だが、それも統治者としての知恵であり賢い判断でもある。自分で判断して自分で決めるなんて、よほど強い意志がなければできないことだ。しかも、その背後には何万人の領民の暮らしがあるんだからよ。


「と、オレに選択肢を委ねられたわけだ。ハミーさんよ」


 瞼を閉じるダーティーさんに話しかけた。


 ちなみに、患者として離れるわけにはいかんので、土魔法で屋根を作り、快適空間にしております。


「……気づいていたか……」


「よくわからん種族に囲まれて眠れるほど平和な暮らしをしていた訳じゃないだろう」


 オレなら平気で眠るが、敵か味方かわからないこの状況。少しでも情報を集めたくなるのが人情だろうよ。


「話の流れからそこの男がここの統治者ってのは理解しただろう?」


「ああ。かなりの地位にあるとはわかった。おれの常識からすると、かなり軽い素振りだが……」


「それが、できる男の証明さ」


 だからこそ、この男の力になりたいと思わせるのだ。


「ハミーさんは、これからどうしたい?」


 公爵どのが由々しき事態と言ったが、それは裏を返せばハミーさんにも言えることだ。


 多分、ハミーさんたちも他の種族に触れることなく過ごしてきたんだろう。あれば、これほど警戒はすまい。


 まあ、ハミーさんは隠しているつもりだろうが、オレの考えるな、感じろは高性能。その程度では偽れると思うなよ。


 まったく他種族と触れてこなかったなら、結構保守的な思考だと思う。それならそれでお互い不干渉を貫けばイイが、どちらかが生活に破綻すれば、それが侵略の口実になる。


「これは、オレの勝手な想像で、イイ加減な妄想だ。外れていたら笑い飛ばしてくれて結構。アホ認定してくれても構わない」


 じっとこちらを見るハミーさんを見返す。


「ハミーさんが暮らしている空間、いや、国と呼ぶべきかな? 自給自足に限界が訪れようとしてるんじゃないか?」


 そこの規模がどれほどのものか知らんが、閉ざされた空間では、必ず限界が来る。種としての問題。資源の問題。人口の問題。食料の問題。挙げれば切りがないくらいの問題が出てくる。


「限界が来たとき、取れる行動は二つ。そのまま滅びるか、それとも新天地を求めるか、だ」


 さあ、ハミーさんよ。あなたは、どっちだい?

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