第843話 第六夫人
「ここは、アルベカと言うバイブラストでも北にある地だ」
夏の終わり、いや、もう初秋に入り始めからして夏のような気温ではないが、それでも空気の冷たさはボブラ村より低い。十六、七度と言った感じかな?
「結構寒いのな」
このくらいで参るような軟弱さではないが、一枚羽織るくらいらした方がイイかもな。
「そうだな。バイブラストで一番早く雪が降るところでもある」
「そんなところに造っても大丈夫なのか?」
雪降ったら走れんだろう。
「雪が降ったら違うところに遠征するさ。魔大陸かお前のところで走れるからな」
まあ、行動力の塊みたいな公爵どのだ。雪くらいで萎えたりしないか。
「まずはここの主を紹介するよ」
主? 公爵どのの両親か? いや、いるとは聞いたことねーけどよ。
「わたくしの母様よ。アルベカは母様が仕切っているんだから!」
なぜか自慢げなレディ・カレット。そして、なぜか腕を取られて引っ張られた。
抵抗するのもなんなので、引っ張られるままに城だか館だかに連れ込まれた。
中にも侍従だか侍女がいて歓迎してくれたが、レディ・カレットは止まらない。階段を上り、奥へと進み、白いドアの前で立ち止まった。
手を離し、乱れたドレスを整え、今までのはしゃぎっぷりを消し、お嬢さま然とした態度へと切り替えた。器用だね。
白いドアについたノッカーをカンカンと上品よく叩く。
「母様。お客様をお連れしました」
公爵令嬢(になるのか?)が客を案内するもんかいな? とか思うが、親が親なら子も子。似たもの親子に突っ込みは不要か。
中から静かだが、第三夫人とはまた違った理知的っぽい声が返ってきた。
どうぞとの返しにレディ・カレットは白いドアを開けることはせず、ニコニコしている。
と、白いドアが内側に開き、ロッテンマ〇ヤーさんが現れた。
いや、ロッ〇ンマイヤーって名前じゃなく、アルプスな少女がアレな話で、それに出てきた……あの人、役職なんだっけ? いや、なんでもイイが、まるでアニメの世界から出てきたようなロッ〇ンマイヤーさんだった。
「いらっしゃいませ。お部屋にどうぞ」
客に対応する礼をとるロッテン〇イヤーさん。
それに軽くアゴを引いて答える。礼儀とかにうるさそうな人っぽい感じ。
「さあ、ベー」
レディ・カレットに促され、部屋へと入る。
正面には第三夫人のところにあったような重厚な机があり、書類が山積みになっていた。
机の向こうには三十代半ばの、眼鏡をかけた委員長っぽい女性がキリッと立っていた。
……第三夫人とは真逆と言うか、また違ったタイプの奥さんだこと……。
「アルベカを任せる妻だ」
いつの間にか現れた公爵どのが奥さんの横に立ち、簡素に説明した。
「お初にお目にかかります。わたしは、サーレナ。主様より第六公妃を授かっております」
第三夫人と同じく胸に手を当てて頭を下げた。
「わたしは、ヴィベルファクフィニー・ゼルフィング。気軽にベーとお呼びください」
なのでこちらも腹に手を当ててお辞儀した。
「まあ、そんなカタッ苦しい挨拶はそこまでだ。ベーも辛いだろう」
部屋の右側にあるソファーへと追いやられる。
ソファーへと座り、ロッテンマ〇ヤーさんがお茶を出してくれた。
「変わったお茶だな」
つーか甘い。なんだこれ?
「ルブと言う植物を乾燥させ淹れたものにカーレを混ぜたものだ」
「カーレって?」
ルブはなんとなく想像できる。ルブーラってお茶がカムラ王国にあるから。でも、カーレは初めて聞いたし、初めての味だ。
「カブレアと言う木の樹液を煮詰めたものだ。アルベカの特産だ」
樹液、ってことはメープルシロップ的なものか。まあ、メープルシロップを食ったことがないんで違いはわからんが。
「ミタさん。どうよ?」
カップをミタさんに渡して確認してもらう。なんか知ってそうだから。
「メープルシロップですね。ただ、甘味がまだ足りないかと。煮詰めるのが足りないか、煮詰める方法が悪いのではないでしょうか?」
ミタさん的にはいまいちな感じか。オレ的には充分なんだが。
「特産なら大量にあるってことかい?」
「まあ、帝都に届くくらいにはな。お前の琴線に触れたか?」
「ほどほどに。大量に買えるなら売ってくれや」
サプルにお土産とチャンターさんに東の大陸で売り捌いてもらおう。東の大陸は甘味が少ないって言ってたしよ。
「増やすことは可能ですが、そうなると人も工房も増やさなければ対応できません」
「公金から出す。無理しないていどに増やしていってくれ」
「よろしいのですか? カティーヌ様が許さないのでは」
「お前にも言っておく。おれは帝国よりベーにつく」
目を大きくして驚く第六夫人。そんな強権使って大丈夫なのか?
「……主様……」
「心配するな。別に帝国に弓引く気はない。ただ、ベーが弓を引いたら別だがな」
なに人に責任押しつけてんだよ。オレだって弓引く気なんてねーよ。オレは平和を愛する村人だわ!
「ったく。帝国人なら帝国を優先させろや」
「もちろんだとも。お前はおれに幸運をもたらしてくれるからな」
まあ、オレも公爵どのから幸運を得ている。なんで、この関係はこれからも大切にしたい。
「イイ友達を持ててオレは幸せだよ」
「それはおれのセリフさ」
ニヤリと二人して笑った。
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