第824話 ブレオラス2
確かに見た目はキツそうで、冷徹のとか氷のとかつきそうだが、たぶん、中身は可愛らしい人なんだろう。公爵どのは、ギャップ萌え好きなヤツだからよ。
チラッとからかうように公爵どのを見ると、オレの笑いがなんなのか理解したようで肩を竦めて見せた。
三番目の妻、いや、第三夫人が公爵どのの横に座った。
「紹介しよう。おれの妻だ」
公爵どのの中では妻に番号はないようだ。まったく、平等に愛を振りまけるんだからスゲー人だよ。
「初めまして。妻のカティーヌと申します」
言葉は貴族がするような堅苦しいまねはないが、仕草は、いや、マナーは貴族のもの。確か、女性が胸に手を当てて頭を下げる挨拶は、目上にするものと記憶している。
「初めまして。公爵どのの友達で、ヴィベルファクフィニー・ゼルフィングと申します。ご主人にはいろいろとお世話になっております」
右手を腹に当て頭を下げる。
そんなオレの行動に公爵どのの奥さんの目が軽く見開いた。
目上の女性に対するマナーで返したが、間違ってはいないようだな。本での知識だからちょっとビビったぜ。
「アハハ! カティーヌ。ベーを試すなら注意しろよ。こいつはそれを利用してお前がどういう性格かを見てるぞ」
言うなよ。警戒されんだろうが。
「それと、お前だけに言っておく。帝国とベー、どちらかを取らねばならないとき、おれは躊躇いなくベーを取るからな」
その爆弾発言に、公爵どのの奥さんは、これってないくらい目を大きく広げた。
「……カイ様……」
「なにメチャクチャ言ってんだよ。帝国を取れよ、ここの公爵なんだからよ」
なに言ってんだ、この人は? 完全無欠に国賊発言だぞ。
「そのメチャクチャをやっているヤツがどの口で言いやがる。人魚の三国から伯爵の位をもらい、魚人の姫とも交流があると聞いたぞ」
「よく知ってんな」
でも、それがなんなんだ? 帝国と関係あんのか?
「帝国は魚人と密かな密約を交わしている。知らぬとは言わせんぞ」
ったく。好き勝手しているが、公爵の地位にいるのはその能力故、か。まったく、これだから有能ヤツは厄介だぜ。
「人魚の国は、完全にお前についた。アバールの話では、人魚の国を勝利に導いたのはお前のようだし、今、魚人の国が混乱しているのもお前が原因らしいな。魚人の姫の発言が強まっているとか耳にするしよ」
さすがこの大陸一番の国だ。凄まじいほどの情報収集力だぜ。でも、そこまで魚人と関係があったのか。帝国海軍と商船がやたら強いことからして繋がりがあるんだろうとは見ていだがよ。
「それで村人とか言うんだからお前はメチャクチャだぜ。お前を帝国の宰相にしたいくらいだ」
オレはそこまで政治に強くねーよ。ほとんど勘と思いつきでやってんだからよ。
「人魚や魚人の国だけならまだしも、お前は南の大陸とも交流がある。しかも、そこの皇太子と蜜月ときてる。帝国ではやっと南の大陸との交易が始まったって言うのによ」
ラーシュの手紙に書いてなかったことからして今年から、ってことなんだろう。つーか、普通に帝国スゲーな。渡り竜のルククですら海を越えるのに何日もかかるのによ。
「しかし、帝国も強気だな」
まあ、あの皇帝の弟が暗躍してんだろうが、外交より内政に力を注げよ。纏まりワリーんだからさ。
「……それで帝国の内状を察せられるんだからお前を敵にしたくねーんだよ……」
それは前世の記憶があり、調べているからだ。じゃなきゃわからんよ、他の国のことなんかよ。
「まあ、国なんてどこも同じだからな」
「同じと語られることを異常だと思いやがれ」
確かにそうか。政治って言葉すら知らないヤツがほとんどだしな。
「他にもいろいろあるが、あれはもう人の手にどうこうできるものじゃない。戦おうとも思えなくなるわ」
「それが賢明ってものだ。仲良くするのが一番だよ」
戦って勝てないのなら仲良くするのが最良の選択。お互い幸せになろうぜ、だ。
「もっとも、お前を取るのはおれのためでもあるがな」
「それで領民が幸せになれんなら結構なことじゃねーか。真珠でボロ儲けしてるんだからよ」
海のないバイブラストで真珠が主力商品となっている。まさに独り占め。さぞや荒稼ぎしてんだろうよ。
公爵どのの奥さんもピンク色の真珠の首飾りをしている。宣伝も兼ねているんだろうが、日頃からしているほど、バイブラストでは受け入れられているってことだ。
「それが最近そうでもなくなった」
ん、飽きられたか?
「海側の領地が魚人と取引を始めてな、市場に流れ出してんだよ。まあ、まだ荒いのでそれほど食われてないが、それも二、三年が精々だろう。帝国の職人もバカではないからな」
この大陸では一番の文化文明が華咲いているところだし、何百の歴史と伝統、腕がある。二、三年どころか一年もしないで追いつくかもな。
「今のうちに違うものを見つけないとならんわけだが……なかなかそうもいかん。我が領地は、森と湖しかないからな」
たぶん、それだけじゃないだろうが、そこは公爵領の秘密事項。部外者が口を出してイイことじゃねー。軽く流せだ。
「森と湖、実に結構じゃねーか。オレもそんな至宝を手に入れたいものだわ」
さすがに木や水を生み出せないし、育つには十年単位の年月を必要とする。一年で大木になってくれるものがあるんなら地竜のエサにも困らないんだがな……。
そこで、ふっと思う。これはチャンスなんじゃね? と。
「なあ、公爵どの。公爵どののところで林業とかやってるか?」
「まあ、なくはないが、お前の問いからして樵的なものを求めてるわけじゃあるまい」
さすが公爵どの。話が早くて助かるぜ。
「ああ。木を植えたりすることはやっているのか?」
「木を植える? ……どうなのだ?」
と、奥さんを見る公爵どの。さすがにそこまでは知らないようだ。
「特定の木を植えることはしています」
なんなのかはこの際聞かぬことにして、植林の下地はあるってことか。そうなると……。
「また悪巧みか?」
失敬な。これは皆が幸せになるための計画だ。
……まあ、オレの幸せが一番にくるようにはするけどな……。
「その森を、正確に言うなら木をオレに売ってくれるか?」
しばし、考えに入る公爵どの。ダメならダメで構わねーぜ。タダで手に入れる方法は他にもあるからよ。
「……カティーヌ」
瞼を閉じて考えていた公爵どのが瞼をじゃなく、先に口を開いた。
「どうなされました、カイ様?」
奥さんが尋ねるも瞼は開かせない。
「お前がベーと交渉してみろ。それでベーがわかるから」
公爵どのの言葉にオレと奥さんは目を合わせ、どう言うことかと首を傾げ合った。
なんなのよ、いったい?
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