第741話 丸投げ道

 スルー拳、二倍!


 も出せば辺りは静寂になったも同然。メイドさんたちの姦しさも気にならねー。読書に必要なコーヒーと炒った白豆を出す。


 今日は、ブレオラの兄弟商人を読むか。


 前に一度読んだものだが、おもしろいものは二度読んでもおもしろいのだ。


「優雅じゃな」


 はい、優雅ですよ。そして、至福です。


 貧乏な二人兄弟のサクセスストーリー。他人事ながら苦労の連続だよね。まあ、そこがおもしろいんだけどさ。


「おもしろいのか?」


 それは読む人次第。オレはスゴくおもしろいです。


 著者は帝国人で商売をやっていたせいか、商業ギルドや商人の実態がよくわかる。まあ、ちょい昔のことなので多少の違いはあるだろうが、そこは現在を見ればイイこと。人生、いつも誤差修正さ。


 なにか脇から邪魔が入るが、スルー拳、三倍! にしたら聞こえませーん。読書中はお静かにだよ。


 で、読み終わると、なにやら家族が揃ってました。あれ、時間が止まってたんかい?


「お前の集中力、どんだけ凄まじいんだよ?」


 なにやら親父殿が呆れてます。なにがだよ?


「まあ、いい。お前が静かなら平和ってことだ」


 オレの今生、ずっと平和だよ。オトンが死んだときは、さすがに焦ったけど。つーか、それ、オレが平和を崩してる言い方じゃね?


 突っ込むのも墓穴を掘りそうなので肩を竦めるだけに留めた。


「お前さんところは、賑やかで楽しいさね」


 と、なんか聞いたことがある声に振り向くと、なぜかご隠居さんがいた。あ、いらっしゃい。いつ来てたん?


「夕方になる前さね」


 そりゃ失礼。読書に夢中でしたわ。


「しかし、ご隠居さんが来るなんて珍しいな。なんかあったのかい?」


 遊びに来いとは誘ったが、あの港から離れる気はねーんだと思ってた。なんか、あそこを守る要石的な感じがしたからよ。


「居候が突然女子会なるものをやると言い出してな、居場所がないんで逃げて来た」


 多分、その文化の出所は花月館からだろう。と言うかわたしめが原因ですね。さーせん!


 正座して頭を下げました。


「まあ、お前さんの村の娘が言い出したからな、そんなことだろうと思ったよ」


 本当にすんません。一番広めてはならぬものを広めてしまいました。これから転生する男子諸君。なにを広めてもイイが、女子会だけは広めるなよ。地獄を見るぞ。


「なに、お前さんところにいく理由ができたからいいさね」


 ご隠居さんの懐の深さに感謝の敬礼を。そして、大歓迎するよ。


「まあ、ゆっくりしてけや。あ、家族と自己紹介した?」


「お前が本を読んでる間にしたよ」


 と、親父殿。それは重ね重ね申し訳ありません。ついでにオレにも紹介してくんねーかな。そことそこと、あと、親父殿の横にいる犬耳おっちゃん、誰よ? 朝、いなかったよね?


 我が家が混沌としてます。いったいどうなってんのよ?


「……お前、奴隷を買えってチャンター殿に言ったの覚えてるか……?」


 ちょっと五秒ほどお時間をください。


 ………………。


 …………。


 ……。


「あ、言ったな。いつだったかは忘れたが」


 えーと、世界貿易ギルド立ち上げのときだっけか? なんか昔すぎて思い出せんわ。


「で?」


「……ほんと、お前は他に丸投げするの上手いよな……」


 そう褒めんなよ。照れるじゃねーか。


「褒めてねーよ! 嫌味言ってんだよ!」


 あ、そうなの。大絶賛されてんのかと思ったぜ。まだまだ丸投げレベルが低いな。絶賛されるくらいにならんと。


「ったく。その奴隷頭、いや、もう奴隷じゃねーか。うちの農場頭になったブロムドだ。まあ、どうせお前に言っても無駄だろうけどよ」


 無駄にしないようには努力するよ。ダメだったらごめんなさい、だけどさ。


「ブロムドです。この度は我々を救ってくださりありがとうございます」


「確かに言い出しっぺはオレだが、買ったのはチャンターさんで、面倒見てんのは親父殿だ。オレに礼を言う必要はねーよ」


 それが丸投げ道。感謝されているようではまだまだだ。


「まあ、ベーはこの通りなんでな、働きで返せばいいさ。実際、仕事はたくさんあるしな」


「へー。親父殿、仕事あったんだ?」


 自由気ままに生きてんのかと思ってたわ。


「人をろくでなしみたいに言うな! つーか、毛長牛が百頭近くいんだぞ、それを一人で面倒見れるか!」


 あ、ああ。毛長牛、いましたね。すっかり忘れったわ。ってか、今まで誰が面倒見てたん?


「バンたちだ。おれが追加で依頼しておいたんだよ」


 ああ、バンたちね。つーか、もう、うちで働いてくんねーかな。イイ給金出すよ。


「そりゃ悪かった。あとでバンたちに色つけておくよ」


 これからもよろしくって意味も込めてな。


「まあ、いい。それより夕食にするぞ。席につけ」


 一応、囲炉裏間の端で座椅子に座りながら読書してました。


 いつもの席へと移動し、親父殿の音頭で夕食をいただく。つーか、動いてねーからそんなに食欲がねーな。あ、魔王ちゃん。たーんとお食べ。


 横にいる魔王ちゃんへそっと料理を移す。ん? そー言や、こう言うときのアリザいねーな。まあ、サプルが笑顔でいんのならどっかでたらふく食ってんだろうさ。


 オレもたらふく食えるように、明日は動くとしますかね。

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