第715話 阿鼻叫喚
「ヌオォオオオオッッッ!」
「ウォオオオオオッッッ!」
飛び散る怒号。散る筋肉。満ちる阿鼻叫喚。ここはどこの地獄ですか?
なんてドン引きも飛び抜けたこの状況。神よ我に説明プリーズです。
──いや、全てお前の責任じゃん。
なんて天啓が降りてきた気もしないではないが、たぶん、きっと、現実逃避したいと言うオレが幻聴を生んだのだろう。
「あーコーヒーうめ~」
こう言うときはコーヒーを飲んで落ち着くのが一番だ。
「チェックメイトです」
おっと。そう言や司令官さんとチェスやってたんだっけ。
──なにお前やり投げしてんのよ! 最後まで面倒みろよ!
なんかまた幻聴が聞こえるが、スルー拳を四十五倍にしたオレには効かん! 消えるがよいわっ!
「負けだ。強いな、司令官さん」
一勝三敗。やる度に強くなってくな、この司令官さん。戦えば戦うほど強くなるタイプか?
「集中力をなくしたベー様なら誰にでも勝てますよ」
確かに、あの阿鼻叫喚を耳にしながらチェスに集中できるヤツはそうはいないわ。
「そうだな。つーか、飽きねーな、あいつら」
もう四時間もやってるのに、未だ白熱した棒倒しが行われていた。
「回復魔法師! 回復を頼む!」
声だけ聞けば元気そうに聞こえるが、目を向ければ三メートルもある益荒男の腕が反対方向に向いており、顔は倍以上に膨らんでいた。
「……死んでないのが不思議だな……」
最初は結界を纏わせてケガしないようにしてたんだが、それでは真剣になれないと猛反対を受け、仕方がなく外したのだ。
まあ、そうしたら阿鼻叫喚のスゴいこと。気の小さいヤツなら軽く四回は死んでるぞ。
「皆さん、歴戦の勇者ですから」
魔族が勇者とか違和感がハンパないが、まさにやってることは勇者の所業。反論できねーな。
「しかし、本当に回復魔法ってあったんだな」
いや、あるとは聞いてたし、回復術師ってのは見たことはある。だが、魔族が使う回復魔法は、まるでゲームのような威力だ。重傷者(いや、自ら歩いて来ますけど)を一瞬にして完治させてしまった。
薬師として納得できないものはあるが、あるものを否定しても仕方がねー。あるがままを受け入れろだ。
「使い手はそうはいませんがね」
「魔族でもやっぱ回復術は特別なんだ」
「はい。回復魔法師がいるかいないかで戦局が違ってきますから、争奪戦は苛烈です。カイナ様が保護してくれなかったら更に使い手は減っていたでしょう」
ほーん。アホなことしてるイメージしかねーが、まともなこともしてたんだな。
「いや、貴重な存在を趣味に注ぎ込むとかアホの所業か」
もうちょっとマシなところに置いてやれよ。もったいなすぎるだろうが。
「いえ、カイナ様の配慮です。 この艦隊のもう一つの役目は回復魔法師を守るためと育成のためにあるんです。だからこれは助かります」
それに一役買ってたオレ。これっぽっちも自慢になんねーよ。
「しかし、教えておいてなんだが、棒倒しのなにが楽しいんだ?」
──うっおいっ!
なんか後頭部を叩かれた気もしないではないが、多分、きっと、これも気のせい。サラッとスルッと気にしな~いだ。
さて、次の対局といきますかと駒を動かそうとしたら、プロペラ機が飛び越えて行った。なんだい、あれ?
「近くに島があったので調査に出させました」
島ねと立ち上がってプロペラ機が来た方を見るが、島影はまったく見えなかった。
「どのくらい離れてんだい?」
「少々お待ちください」
と、近くに置いてあった無線機に手を延ばし、どこかへと繋いで島の情報を聞き出していた。
「距離はここから約四十キロ。無人島のようです」
「なんかおもしろそうなのは見えたかい?」
海の旅も飽きた。おもしろいもんがあるなら上陸してみてーな。
「いえ、これと言ったものはなかったようです。生き物も見えなかったようですし」
そうそうおもしろいもんはないか。オレの考えるな、感じろセンサーも動いてねーようだし。
「まあ、チェスもまた楽しいだ。んじゃ、もう一局やりますか」
チェス歴うん十年のプライドが司令官さんの勝ち逃げを許さない。我が家につくまでは勝ち越さねーとな。
「いいでしょう。相手になってあげますとも。先手どうぞ」
ふふん。今のうちに粋がっておれ。最後に勝つのはオレだ。
阿鼻叫喚をBGMにポーンを動かした。
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