第695話 いらんがな
まずは、落ちこうじゃないの。
ってなことでマンダ〇タイム。あーコーヒーうめ~。
「……あ、あの……」
このままなかったことにしたいオレの希望を打ち砕くがのごとく、人魚が現実を突きつけてきた。
「はぁ~。しょうがねーか、関わっちまった以上よ」
現実と向かい合うべくコーヒーをもう一杯。オレはコーヒーがある限り何度でも立ち上がれるさ。と、無理矢理やる気を奮い立たせた。
「えーと、まずは自己紹介と行こうじゃねーの」
人魚を結界椅子に座らせ、ドレミに茶を淹れさせた。
ちなみにミタさんは買い取り客の誘導指示を任せてます。あ、そー言や、朝食食ってなかったっけ。腹減っし食うか。いただきまーす。ムシャムシャ。
「……結構、余裕ですね、ベー様は……」
「ベーはどんなときでもベーだからね」
そんな評価はいらんがな。つーか、余裕じゃねーし、自分を保つのでいっぱいいっぱいだよ。
「オレはベー。頭の上にいんのがプリッつあん。そこのはドレミ。背後にいんのはレイコさんだ」
と、人魚から返ってきたのはキョトンとした姿だった。
「自分で言うのもなんですが、これだけ奇妙なものがいたら素直に受け入れるなんてできませんよ」
「まあ、メルヘンにメイドに幽霊だもんな」
「なに気に自分を抜かしてんのよ! この中で奇妙な生き物はベーだからね!」
「ですね。わたしの中で奇妙なもの一位はベー様です」
そんな不名誉いらんがな。つーか、オレは普通……ではねーけど、見た目ならあんたらより普通ですからっ。
「んなことはどうでもイイんだよ。あんたの名は?」
「いつも思うけど、べーに自己紹介とかいらないんじゃない?」
そんな疑問いらんがな。だいたい自己紹介は人間──じゃねーな。えーと、なんだ、種族関係を円滑に進める先人の知恵。そして、礼儀だ。たぶん、だけど。
「あ、えっと、お、おらは、カルバ。バンブラン村の者だ」
地上でも海の中でも田舎者は同じ雰囲気を出してるもんなんだな。オレもこんな感じ出してる?
「そうか。カルバさんかい。で、カルバさんは、この国のもんかい?」
ハルヤール将軍によれば、人魚は地域に寄って下半身の色が違うらしい。なんでかは知らんそうだが、この地域は青白い鱗が一般的らしい。
そのカルバさんは、薄緑色をしている。つーかこの色、どっかで見たな? それもつい最近よ……。
「いや、アーマゼン国だ」
アーマゼン国? それも最近聞いたよーな、聞かなかったよーな、はて? 記憶が定かではありません。知ってる人、プリーズです。
「レシュの国よ。って言ってわかったら奇跡ね。べーが姫商人って呼んでる人魚よ」
カリスマメルヘンさん、お答えありがとうございます。思い出しました、あのスラ・キュッ・スラリ~んなお姫さまですね。
「つーか、なんで隣の国のあんたが、この国に来るんだ?」
人魚の世界って、そう簡単に国を跨げるもんなのか?
「うちの村からだとこの国の王都が近いんだよ」
どうやら簡単に跨げるらしい。大丈夫なのか、それ?
「海の中で境界線は引けても検問所を設置するなんて難しいですし、国籍すら曖昧ですからね、王都や街の門を潜らなければ咎められませんよ」
まあ、人魚は城壁都市国家みたいなもの。中に入らなければ自由って感じなんだろうよ。
「えーと、なんだ、あんたは、王都に入れる、わけねーよな。どうするつもりだったんだ?」
「この短時間でたった三文字を忘れるとか、べーの頭、いったいどうなってるのかしらね?」
そんな呟きいらんがな。つーか、うるさいから黙っててください。
「……いってからと考えてた。とにかく、金が、食うものが欲しくて……」
豊穣な海の中で食糧危機なんてあるんかい? と思う方もいらっしゃるだろう。だが、環境に寄ってはあったりするんだよ。まあ、種族に寄ってもあるがな。
「なあ、村長が言ってたんだ。地上の生き物はこの金色の砂が好きだって! 頼む! それを買い取ってくれ!」
頭を下げる人魚。へ~。どの種族でも追い込まれると頭を下げるんだな──なんてことはどうでもイイんだよ。
「ワリーが、さすがにオレが持つ資金じゃ買えねーよ。つーか、これだけの量、国だって買い取れねーよ」
ざっと見た感じ、五リットルのペットボトルに入るくらいの量がある。伝説中の伝説がこんなにあるとか、もう悪夢だわ。
「はぁ? 国が? そんな珍しいものなのか?」
「本当にあったのかとびっくりするくらいにな。つーか、できることなら一生見たくなかったよ」
伝説は物語の中だけで充分。現実の世界では厄介でしかねーよ。
「これのことを知ってるのは、あんたの村のもんだけかい?」
それ如何に寄ってはオレは無慈悲な判断と決断をするからな。
「ああ。村のもんだけだ」
「それはなにより。救われたな、あんたら」
「な、なあ、いったいなんなんだよ! 買い取ってくれねーのか!?」
「あんたにわかるように言うと、だ。これだけの量を買い取るとなると、あんたらの村のもんが一万年働かなくてもイイ食糧を用意しなくちゃならねーんだよ。わかるか?」
「……?」
まったくわかったゃいねーようだ。まあ、無理もねーけどよ。
「なら、これがなんだかわかるか?」
一ビルの真珠を取り出し、人魚に見せた。
「バカにするな。金くらい知ってる!」
「それはよかった。なら、これは知ってるか?」
今度は百ビルの黒真珠を取り出し、見せた。
「……う、噂には聞いたことはある……」
まあ、地上では金貨のようなもの。村人がそう見るもんじゃねーわな。
「価値は知ってるなら話は早い。ドレミ。黒真珠の箱を持って来てくれ」
「はい。マスター」
と、すぐに黒真珠が詰まった箱を持って来てくれ、オレと人魚の前に置いた。
蓋を開け、人魚に見せる。
「これだけの黒真珠があればあんたらの村は百年は安泰だ。それはわかるな?」
血の気を失った顔で頷く人魚。まだ気を失わんでくれよ。
「さて。これだけの黒真珠で買い取れる量は、こんだけだ」
と、聖金をスプーンで掬い、それを人魚に見せる。本当は、この百分の一だが、わかりやすくするためにスプーン一杯にしたんだよ。
「オレは金を結構持っていると自負するが、全財産を集めても手のひらに乗る分しか買い取れねー。国でもそれは同じだろう。ただし、それは良心的な買い手、だったらだ。あんたは運がイイ。このことをオレ以外に話していたらまず間違いなく殺されていただろう。もちろん、村の連中もな。それだけのものなんだよ、これは」
理解したのか、顔色は真っ白。いや、心も真っ白になったことだろうよ。
「……まったく、そんな厄介事いらんがな……」
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