第689話 寛容家族

「そろそろお暇させてもらう」


 夜も八時。人魚の世界でも寝る時間。引き止めることはせず、お土産を渡してミタさんに送るようお願いした。


「ミタさん。送り届けたらあとは休んでイイよ。今日、オレ、ここで寝るからよ」


 ゼルフィングの館に戻るのもメンドクセーし、今日はここでイイや。風呂は明日の朝入ろう。


「はい。畏まりました」


 ミタさんに任せ、ゴロンと横になる。


 ゼルフィング家も夜の八時は寝る時間なのだが、なぜか囲炉裏間には、家族が全員揃っていた。どったの?


「久しぶりの家族団欒だからな、少々の夜更かしもいいだろう。まあ、最近は夜更かしばかりなんだがな」


 まあ、田舎は基本、早寝早起きだが、今は新婚旅行中。いろいろあるんだーーあだ!


 なんてこと思ってたらオカンが盆の角で頭にチョップしてきた。


 ……痛くはねーが、最近オレに容赦ないよね、マイマザー……。


「変なこと考えるんじゃないの!」


 親の夜事情なんて考えたくもねーよ。ったく。


「あんちゃん。昼間、なにがあったの? 皆は幽霊が出たとか言ってたけど」


 忘れてくれなかったマイシスター。兄はすっかり忘れてたと言うにね。


「ダークエルフの過去のことは聞いたか?」


「リッチにいじめられていたってのは聞いたよ」


 まあ、八歳の幼女に話したところで理解するとは思えなかったんだろう。なんともザックリとした説明をしたもんだ。


「まあ、概ねそんな感じだな。ところで、この中で幽霊苦手な人、いる?」


 前世より、いや、この世界では幽霊は完全に存在が認知され、しっかりと見えるものとして存在している。


 まあ、前世同様、恐怖の対象で、忌み嫌われている存在でもあるがな。悪霊として存在している方が多いからよ。


「……幽霊か。そう言えばまだ見たことがないな……」


 と、親父殿が腕を組みながら呟いた。


「そーゆーもんなのか? オレは何度も見てるが」


 山で採取してるとよく見るぜ。まあ、結界でサクッと消滅させるので会話したのはレイコさんが初めてだけどよ。


「いや、何度も見てるお前が異常なんだからな。つーか、生きてることが異常だわ! 普通なら取り憑かれて死肉食いになってるからな!」


「フッ。S級な村人になると死肉食いなんてゴブリンより雑魚さ」


 動きが鈍い上に攻撃が噛みつくだけ。結界を使わなくてもバット一振りで挽き肉よ。


「……村人にS級とか意味がわからんが、確かにお前を普通の村人にしたら真面目に村人している者に失礼だな」


 え、いや、オレも真面目に村人やってますけどっ!!


「ま、まあ、なんでもイイが、幽霊は苦手か?」


「いや、苦手と言うことはないが、だからと言って得意とは答えられんな。シャニラはどうだ?」


「多分、そう苦手ではないかも。前にベーが幽霊を殴ってましたから」


「あのときは凄かったよね。幽霊が泣きながら謝ってるんだから」


 あー、そー言えばあったな、そんなこと。泣く幽霊とかびっくりだわ。


「うん。お前、世界最強のバカ決定な」


 え? なんで笑顔で罵倒されんのオレ?


「幽霊殴るとか酷いです!」


 そして、レイコさんから不当な非難。なんでだよ!


「……人だろうと幽霊だろうとオレの家族に手を出すならボコる。容赦はしねーよ」


 あのときの幽霊は、半悪霊化していた。なら、慈悲などかけてやる必要もねーだろうが。地獄にいく前に地獄を見せてやんよ!


「ま、まあ、それならしょうがないな……」


「……幽霊だって好きで幽霊になったわけじゃありません……」


 それを理解できる者は、自我があるレイコさんくらいなもの。人の身では同情が精一杯だろよ。


「ダークエルフのメイドさんは食堂から出てろ」


 また銃を撃たれたくねーからな。それでオレが怒られるとか理不尽だわ!


「し、しかし……」


 メイド長さん的には躊躇うだろうが、あなたが一番撃っていたことをオレはしっかり覚えてますから。


「皆、下がって」


 まさに鶴の一声。サプルの命令にメイド長さんたちが一礼して下がった。


 ……ミタさん。オレの言葉が優先されんだよね? サプルじゃないよね? 本当だよね……?


 答えが出るのが怖いので、全力で思考放棄。幸せな虚構をつくりましょう、だ。


 メイド長さんたちが食堂から消え、代わりに青鬼族のメイドさんが何人か入って来た。多分、幽霊は平気ってことなんだろう。


「んじゃ、その幽霊さんを紹介する。イイな?」


 皆を見回し、そう問うた。


「あ、ああ。お前がそう言うのだから害はないのだろうしな」


 理解ある親父殿で助かるよ。


 結界を解き、レイコさんの姿を皆に見せた。


 家族の反応はそれぞれ。だが、そこに忌避や否定はねー。ただ、突然現れたことに驚いた感じだった。


「初めまして。幽霊のレイコと申します。皆様のご理解に感謝を」


 なにやら大人な自己紹介と優雅な一礼。この幽霊さん、以外とイイところの出か?


「まあ、ダークエルフ族が怖がるんで普段は消えてるが、よろしく頼むわ」


「……あ、ああ。よろしく、レイコさん。歓迎するよ」


「いらっしゃい。ゆっくりしていってね」


「ベーがご迷惑かけてます。バカなことしたら殴ってやってくださいね」


 オカン。幽霊は殴れないよ──じゃなくて、うちの家族の寛容さに感謝だな。


「ありがとうございます」


 受け入れられたことが嬉しいのか、まるで天使のように体を輝かせていた。


 ……幽霊は謎が多いな……。

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