第594話 誕生日プレゼント

 朝、起きてすぐにクレインの町へ――とはいかなかった。


 せっかくゼルフィング商会の支部を造ったものの、しばらく空けなくちゃならないので、残りの者に指示を出したり、殿様に連絡して滑走路を使いやすくしてもらうように改造の依頼を出したりと、結構時間を取られた。


 それに、ノットさんにも話を通したり、今後のことを相談したりと、やっと行けるようになったのはお昼過ぎてからだった。


 アーカイム隊には先にいってもらってるので、オレが遅れることは伝わっているだろうが、あんまり遅いとサプルに怒られてしまう。


 早く行かんと、そう急ぐときに限ってゼロワンを領主館の前に置いてきたのを思い出し、転移バッチで行けば魚人姫とのことを知ったウルさんに事情を求められ、断り切れずに説明に一時間も費やしてしまった。


 やっと解放してもらい、ゼロワンに乗って地上に出ればスマッグが鳴り、出ればドワーフのおっちゃんの嫁さんから下水道の調子が悪いから大至急来てくれとのこと。


 初営業から客なんて来てなかったのに、どこから聞きつけて来たのか、カムラから見知らぬねーちゃんと秘書のねーちゃんがやって来て宿泊してるとか。客第一号(十三人の団体さん)を粗末にもできんし、不備を見せるのも幸先がワリー。しょうがねーと直行し、急いで下水道を直した。


「げっ。もう三時過ぎてんじゃんか!」


 まずい。急がねばと、ゼロワンに乗り込めば、見知らぬねーちゃんと秘書のねーちゃんが乗り込んで来た。


「秘密の場所にいくんだから降りろや!」


 まだ周辺国にバレるわけにはいかねーんだ、連れていけねーよ。


「大丈夫。敬愛する同士の不利なことはしないと誓うさ。それに、今後を考えればわたしを仲間にしておく方が都合がいいと思うが?」


「そうですよ。家畜を集めるならカムラとの繋がりは大事にするべきです。違いますか?」


 それはもっと先、落ち着いたらの話だ。だが、それをいう訳にもいかねー。なら、いずれが今日になったことと割り切れだ。


「わかったよ。でも、カムラの商人として連れて行く訳にはいかねー。だから、今ここで世界貿易ギルドに入ることを承諾しろ」


 毒を食らわば皿まで。ではねーが、もともと毒ならこちらの毒になってもらう。カムラでも大手でやり手の商会がこちらにつけばかなり有利になる。


「世界貿易ギルド?」


「詳しいことはあんちゃんに、アバールに聞け。あれがギルド長だ」


 それで判断と決断ができねーのならいらねー。毒にも薬にもならねーようでは、異種族国家では埋もれるだけだ。


「ほう。アバールどのが、ね。よし、ならば入る。いや、加入させてもらう」


「なら、あんちゃんに言え。つーか、あんちゃん店にいなかったのか?」


「店の者に聞いたら出かけてるそうだ」


 なら、クレインの町か。暇じゃねーだろうに、うちの商会に構ってんじゃねーよ、まったく。


「飛ばすからしっかりつかまってろよ!」


 シートベルトなんて無粋なもんはついてねー。あ、いや、結界で安全は確保してまっせ。イイ子も悪い子もシートベルトはしろよ。


 空飛ぶ結界だと、七十キロが精々だが、ゼロワンのように乗り物に乗ってれば百キロも怖くはねー。百五十キロだって出しちゃうぜ!


 まあ、スピードメーターなんてついてねーから何キロなんてわからんが、考えるな、感じろ的にはそのくらい出ているだろう。


 三十分ほどでクレインの町に到着する。


「すっかり遅くなっちまったぜ」


 まだ陽はあるとは言え、もう夕方の時間帯だ。こりゃ、サプルに怒られっちまうわ。


 気を失ってるねーちゃんたちに構わず、ゼルフィング商会のクレイン支部館に入るが誰もおりませぬ。どこいっちゃったの!?


「マスター。桟橋にたくさんいるのが見えました」


 人魚モードから黒猫モードにチェンジしたドレミさん。よく見てますこと。


「あ、ミニ造船所をデカくするためか」


 自分で言っといて忘れてたわ。


 ってことで桟橋に向かうと、なにやら人でごった返していた。


「なんだ、祭りか?」


 出店的なものが幾つも出て、串焼きやら綿菓子やら、ここどこだよ! と突っ込みてーくらい謎祭りになっていた。


「あ、おっちゃん。綿菓子一つちょうだい!」


 よーわからん謎祭りだが、祭りは参加するのが礼儀。楽しんだもんが勝ちだ!


「焼きそばまであんのかよ! おばちゃん、一つおくれ!」


 おっ、ウメーじゃん。あ、串焼きもウマそー! ん、なんだよ、ドラゴン釣りって。海竜の子じゃねーか! アハハ――じゃねーよ! 飼えねーよ! つか、どっからもってきたんだよ! いやまあ、やりはするけどね。お、意外と難しいな。あんちゃん、もう一本!


「……随分と楽しそうね……」


「へ?」


 なにやら寒々とした声に振り返ると、満面の笑みを浮かべたプリッつあんがいた。どったの?


「やる?」


 ドラゴン釣り、結構楽しいよ?


「早くこいや、アホが!」


 ハイ、畏まりました。


 プリッつあんさまに連行されて来ると、ゼルフィング商会の面々やあんちゃんとこ、カイナんとこ、アダガさんとこ、ダルマっちゃんとこ、他にもいろいろと集まっており、なんとエリナまで来ていた。


「なんだい、こりゃ?」


「新しい船のお披露目だよ。船はたくさんの人に見られて祝福されるとイイ船になるんだって」


 と、マイシスター。それ、どこの誰情報よ?


「やっと来たか。まったく、自由奔放なやつだ」


 と、なんか船長服っぽいものを着た大老どの。いや、あんたの方が自由奔放ですから。


「なに大袈裟にしてんだよ。そんな大したもんじゃねーだろう」


 ゼルフィング商会、って言うか、ゼルフィング家の催しだ。他は関係ねーだろう。


「なに言ってる。あんな見事な船を造っておいて、地味になんてできるか。あれは、ちゃんとお披露目して立派に旅立たせてやるのが造った者と操る者の義務だ」


 ……そんなもんかね……。


「でもまあ、派手にするのもイイか。誕生日だしな」


「誕生日?」


「まあ、過ぎてはいんだが、サプルの誕生日のお祝いとして用意したもんだからな、あの船は」


 いつも世話になってる妹のために、なんかプレゼントしたくて船を造ったのだ。キレイなまま旅ができるようにって、な。


「お前のお祝いは壮大だな。だがまあ、お前らしいか」


「オレにはこれくらいしかできんからな」


 サプルを見れば嬉しそうに笑っていた。


 その顔を見れただけでやった甲斐があるよ。んじゃ、デカくしますかね。

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