第562話 ファイト!

 宿屋に決めた場所は、あんちゃんの店から五十メートルくらい山に入ったところだ。


 この領の税は人頭税。一人いくらと決められている。なので土地をいくらもとうと税はかからない。


 まあ、だからって好き勝手に、こっからここまでオレもの~とかは言えない。いや、言っても構わねーが、土地が欲しけりゃ自分で開墾しろ。そしたらそれはお前の土地だ、となる。


 一見、素晴らしいと思うが、重機もなけりゃまともな道具もねー。全て人力で行わなくちゃならねー。しかもだ。その日を生きるのが精一杯なド田舎で開墾なんてしている暇はねー。


 他にも魔物がいる世界では、下手に家と家の間を開けることは敵地で孤立するのと同じ。襲ってくださいと言っているようなもの。死にたくなければ群れろは、弱者の基本だ。


 まあ、うちの村は昔から冒険者を囲っているので、他よりは魔物の被害は少ねーので、家と家の間隔は広いし、襲って来るのは野獣なので、年に一人か二人くらいしか死人は出ねー。


 出るんかい! とか言われそうだが、それは前世の感覚。この時代で一人か二人なんて奇跡だわ。他の村では毎年十人近く野獣や魔物に襲われて死ぬんだからな。


 開拓しては消え、開拓しては消えの繰り返し。それが今の時代。村が百年も続けられたら立派なものである。


 とまあ、それも一月前まで。エリナが来たことにより、この辺から魔物や野獣は消えてしまった。


 狩りができなくなったのはバンたちに申し訳ねーが、そこは別のことで補てんするのでカンベンだ。


 なんで、陽当たり山にいるのは小動物くらい。幼女一人歩いてても安全なところになった。


「……とは言え、三歳の子が一人とかアブねーだろう」


 宿屋予定地に来たらドワーフのおっちゃんところの娘――なんったっけ、このお嬢さま?


「なにしてんだ?」


 バケツ片手に予定地の真ん中で佇む幼女。謎ですわ?


「リアム。あの子と遊んでやれ」


 え、いたの!? とか突っ込みを受けそうだが、いたんですとしか返せません。


 油断するな、諸君。オレは一人でいるようで常に周りには誰かいるんだゼイっ! 


「遊ぶ?」


「ああ。あの子もうちの子。つまり、リアムの妹だ。兄弟は仲良くがうちの決まりだ」


 今日もオレのテケトーは冴え渡る。


「妹。あたし、姉。あの子、妹。……わかった」


 リアムの中でなにがあったかは知らんが、面倒よろしくです。


「……体のいい――」


 その先はノーサンキューとばかりに頭の上の二日酔いを黙らせた。


 なにやら姉と妹のコミニュケーションが成り立ったようで、二人手を繋いで館の方へと戻っていった。


 いったいなにがあったのか気になるところだが、小さいとは言え女の中に入る勇気はオレにはありませぬ。リアムの健闘に期待します、だ。


「ほんじゃやりますかね」


 予定地の真ん中に、宿屋を置き、結界で浮かせる。


 この下まで保存庫との通路を創ったので、宿屋と地下へと続く階段との位置を確認しながらデカくしていく。


「もうちょっと右か? ちょい斜めだな。おっと、いきすぎた」


 角度や位置と方向を確認しながら結界を徐々に消していき、慎重に土台とドッキングさせた。


「ふぅ~。こんなもんだな」


 宿屋を一周して確認。問題はなかった。


「ありゃま、もうできたかや!?」


 と、嫁さんと従業員と思われる魔族の女性陣がやって来た。


「いや、まだ固定しただけさ。地下通路と水路、あと下水を繋がんとな」


 まあ、館や嫁さんちでやっているのでそんなに手間はかからん。二時間もしないで終了した。


 地下から出て来ると、もう道具の搬入が始まっており、忙しそうに従業員らが働いていた。


「嫁さん。あとよろしくな~」


「あ、ああ。任せるだや!」


 満面の笑みを浮かべながら従業員に指示を出す嫁さんに挨拶し、次の仕事へと移った。


 あんちゃんの店の前で来ると、頬に傷のある……タマちゃん? タラちゃん? ではねーな。なんだっけ、この幼女さま?


「タユラです、ベー様」


 なんだっけ~と悩んでいたら、頬に傷のある幼女さまが名を告げた。なぜに?


「アバール様が、ベー様が人の顔を見て悩んでるときは名前を思い出してるときなので、無駄だから名乗れと申してました」


 そこはかとなく悪意を感じるが、まったくその通りと言う自分がいる。グヌヌ!


「……オホン。で、あんちゃん、店の主はいるかい?」


 これ以上はオレの威厳やらなんやらが急降下しそうなので、無理矢理冷静な態度を見せて尋ねた。


「はい。アバール様なら中におります」


「そうか。ありがとな」


 ポケットから小銅貨を一枚取り出してタユラにお駄賃をあげた。決して威厳をお金で買ったんじゃないんだからねっ!


「あんちゃん、いる~?」


「いるよ」


 と、カウンターで書き物をしていたあんちゃんが素っ気なく応えた。なんだい、力がねーな?


「忙しくて寝てねーんだよ。仕入れだ、仕分けだと一人でやんなくちゃならんでな」


 商売を広げ過ぎ。自業自得だとは言えねーな。半分以上、オレの尻拭いみてーなもんなので。


「そんなあんちゃんに朗報です。王都の商人が転職を求めてやって来ます。何人か雇わねーか?」


 と、尋ねたら深いため息をつかれました。なんどすえ?


「……わかった。召集しておくよ」


 懐からスマッグを取り出し、ギルドメンバーに連絡を取り始めた。


 あー、なんかようわからんけど、ギルドマスター、ファイト! 

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